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アユロード 第2章 <49> 友釣りの源流へ 発祥の地で地道に腕磨く 島田さん36匹 まだ楽しめる 静岡県伊豆市の狩野川

2026年10月8日 05時05分

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松ケ瀬つり橋をバックに22センチのアユを引き抜く島田雅司さん=静岡県伊豆市の狩野川で

松ケ瀬つり橋をバックに22センチのアユを引き抜く島田雅司さん=静岡県伊豆市の狩野川で

  • 松ケ瀬つり橋をバックに22センチのアユを引き抜く島田雅司さん=静岡県伊豆市の狩野川で
  • 低水温でも良型を連発した島田さん
  • 川を望む旭水園のベンチで手作りカレーを食べる
  • まだ若いアユを36匹上げた
  • 大仁神社にあったアユの口から出る手水
  • 最後に長嶋茂雄ロードをダッシュ
  • 2010年狩野川に集った小澤剛さん(右端)らアユロード常連衆。まだ初心者だった島田さん(左から3人目)の姿もあった
 友釣り発祥の地ともいわれる静岡県の狩野川(狩野川漁協管内)は、いにしえより、この釣りの栄枯盛衰を見届けるかのように流れ続けている。この川を舞台に多くの釣技が発達して、各地に赴いた職漁師らによってその技術が伝わった。その源流をさかのぼるかのように、ここへ通うアユロードのエースに密着した。 (2日取材・柳沢研二)

老舗の釣り宿へ

 狩野川の長大な瀬を望む日だまりのベンチに腰かけながら話し込む常連さんたち。目の前には10人のアユ師が並び立ち釣れ具合が手に取るように分かる。ポツリポツリと掛かる様子を見ながら「そろそろやろうかな」と腰を上げた。伊豆市の釣り宿「旭水園」の朝だった。ここは50年以上の歴史があり、1987年の第1回鮎(あゆ)マスターズ全国大会の会場にもなった場所だという。オトリは11月3日まで。
 ここ狩野川を中心とした伊豆の職漁師たちが大正期から長良川などに赴いて、当時は最新だった仕掛けや釣り方で稼ぎ、その技術が広まった。大会が始まってからもこの川の名手たちが活躍し友釣り界をリードした。友釣りの総本山ともいわれるゆえんだ。一方、この川を愛した文人墨客も多く、作品にも取り上げられている。

低水温で掛かる

 正面の瀬に立ち込む島田雅司さん(49)の姿があった。アユロード39回・手取川では驚異の208匹をたたき出し、今季も新たなドラマを紡いでくれた。盛期は実家の下呂市を拠点にして各地に赴く島田さんだが、自宅のある神奈川県藤沢市から日帰り圏内の狩野川にもよく通い腕を磨いている。「30歳代に友釣り師を志した原点の川です」という。
 水位は40センチ高で水温18度と低い。近くの松ケ瀬つり橋を渡って左岸の土手から見ると、島田さんは瀬の中央に立って升形の沈床ブロックの上を探っている。ブロックの升目に入った石には残りアカがあるが、根掛かり覚悟で攻めている。オモリ0・8号を打ってなじませると目印が下って21センチをキャッチ。続いて15センチ級が飛び出る。

カレーがしみる

 島田さんは好調に掛けていたが、根掛かりで全身ぬれながら回収。低水温のせいか、アユは白っぽいが、ポツリポツリと上積みしていく。残りアカ狙いで、島田さんがいう「考えなければ絞り出せない」状況だ。「いつもは30匹釣るのが大変な川ですが、今季は遡上(そじょう)が良好で、釣果も少しいいようです」という。
 昼前に鉛色の雲が垂れ込んで北風吹き始め、タイツで川に入った私も寒さがこたえる。昼食は旭水園で、あつあつのカレーとラーメンで生き返った。釣り宿の傍ら、米や野菜も育てているという。壁には尺アユのはく製があり、島田さんが2021年10月に釣った31センチだった。

良型も飛び出た

 昼からはつり橋下流の瀬へ。15センチが飛び出てオモリを付けて流れへ。盛期ともなれば突きの動作を加えて、オトリを流れの壁に当てて野アユを挑発する島田さんだが、1メートル四方のゾーンでじわりじわりと突いていく。今度は細身の21センチが飛び出た。手取川のような派手さはないが、しみじみとしたこれも友釣り。活性の低いアユをいかに掛けるか。
 橋上流の深瀬でオトリを放って数メートル先の出し掛かりで18センチが出ると同じパターンで3連発。「20度を切る低水温でも横の動きで野アユが反応しましたね」。この日は釣果というより、自分の釣りを確かめているようだ。ほかの釣り人もそんな思いだったのかもしれない。

釣り上達を祈願

 やわらかな陽光が差し始め、ブロック際を探るとまた3連発。10月も気温が上がる好天だったら楽しめそうだった。島田さんもオトリがなくなる11月第1週まで竿を出すという。午後4時に終了し、釣果は11~22センチを36匹。まだ比較的、若い魚体で20センチ級と15センチ級とはっきり分かれていた。
 島田さんと夕暮れに伊豆の国市の大仁神社に向かった。アユの口から出てくる手水で清めた後にお参り。「さらなる釣りの上達を願いました」と島田さん。「鮎友釣り発祥の地」の石碑があって、起源を示す江戸期の古文書が発見されたという。「大仁でオトリを使う新漁法が流行し根こそぎ鮎を採ってしまい困っているから禁止してほしい」といった内容。当時、友釣りは新漁法のみならず、漁師をとりこにしてしまう刺激的な釣りだったのだろう。

長嶋ロード疾走

 暗くなり始めていたが近くで「読売巨人軍長嶋茂雄ロード」の看板が目に飛び込んだ。引き寄せられるように2人で向かう。細い坂道なのだが、ここはV9時代、長嶋さんがオフになると、この上にあるホテルに滞在しながらダッシュを繰り返したという。当時は「山ごもり」と呼ばれる過酷なトレーニングだった。和室にネットを張ってトスバッティングもしていたようだ。栄光の陰に努力あり。ミスターの源流の一つだった。
 友釣りのミスターまでには、まだ道半ばの島田さんを見やると、既に上着を脱ぎ捨てていた。よく分かっていた。じゃあ行きますと腰を落とすと、急傾斜の坂道をダッシュした。体を揺らし苦悶(くもん)の表情を浮かべながら50メートル近く駆け上がっていく。友釣りの源流に向かって、流れをさかのぼるアユのように。
 【タックル】竿は早瀬タイプ(ソリッド穂先)8・5メートル。天糸ナイロン0・6号、水中糸・複合メタル0・06号5・2メートル、下付け糸ナイロン0・4号18センチ、中ハリス・フロロ0・8号18センチ、フック式ハナカン7ミリ。背針は不使用。掛け針は迅8、8・5号4本イカリを使い分け。目印は5個でさらに下にはPEで編み込みが3カ所施してあり目印代わりになる。これが緻密な操作を可能としている。この部分は下付け糸も結べる。不要なメタル部分をカットすれば仕掛け交換もスムーズにできる。

【取材余話】

16年前の狩野川で登場

 手元に2010年11月3日の狩野川の写真があった。当時のアユロード常連衆7人と車に乗り合って狩野川に向かい納竿会をしたときのショットだ。当時、40歳だった小澤剛さんや中心的存在だった故奥村和彦さんに交じって、遠慮がちに立つ30歳代の島田さんの姿があった。父・岩男さんが参加するとあって合流したようだ。
 まだ友釣りを始めて間もないころだった島田さんは「名手たちのキャラや釣りに圧倒されました。小型を釣っても使い方すら分からないころでした」と振り返った。「あの一日が友釣り師を志した契機となったのかもかしれませんね」
 あれから16年、私も再び狩野川を訪れることができた。アユロードに登場する面々は大きく変わったが、あの初心者だった島田さんが不動のエースにまで成長して紙面を飾ってくれた喜びを感じた。あの日の狩野川は島田さんにとっても私にとっても源流の一つだった。

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