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松坂大輔さん、伝説を彩る明徳義塾戦での”テーピングはがし”と、渡辺監督との意外なやりとりを明かす

2025年11月17日 23時28分

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週刊ベースボール4000号記念トークショーに出演した松坂大輔さん(左)と和田毅さん


 西武や米大リーグのレッドソックスなどで活躍した松坂大輔さん(45)と、ソフトバンクや米大リーグのカブスなどで活躍した和田毅さん(44)が17日、東京都内で開催された「週刊ベースボール4000号記念トークショー」に出演。同学年の2人は「松坂世代」をテーマに語り合った。
 横浜高3年だった1998年は甲子園で春夏連覇した松坂さん。とくに夏の甲子園の激闘は、今も伝説として語り継がれている。準々決勝のPL学園戦を延長17回の末に勝ち、準決勝の明徳義塾戦は0―6からの大逆転でサヨナラ勝ちし、決勝の京都成章戦はノーヒットノーランを達成して頂点に立った。中でも明徳戦のことを、トークショーの中でふんだんに語った。
 準決勝は、松坂さんはレフトでスタメンだった。前日のPL学園戦で17回を一人で投げ抜き、250球完投勝利。やむを得ず温存策となった明徳義塾戦で横浜は8回表を終えて0―6。8回裏に4点を返すと、9回表、松坂さんが登板したのだが、そのとき、グラウンド上で右腕のテーピングを外してマウンドに向かった姿は多くの人の記憶に残っているはず。そのときはこんな心境だったという。
 「準決勝の試合前は、横浜を倒すのはどこなんだということで、明徳を応援する人が多かった。でも0―6になると、横浜がこのまま負けていいのかという雰囲気になって、8回裏に4点取ったときは横浜を応援する雰囲気になった。次、9回、自分が行くというのを、盛り上げるじゃないですけど、何となくアピールして、でしたね。カメラ席の前でキャッチボールをしていたので、撮られていたのはもちろん分かってました。カメラを意識して、カメラの前でテーピングをはがしましたね」。勝利への機運をさらに上げようと、あえてやったという。その思い通りに球場はものすごい歓声になった。そして9回表をピシャリと抑えると、その裏、3点を奪ってサヨナラ勝ちした。

1998年夏の甲子園準決勝、明徳義塾戦の9回に登板し、三者凡退に抑えた横浜の松坂大輔

 また、登板へ向けてブルペンで準備をする前には、渡辺元智監督からこんな言葉をかけられていたという。「渡辺さんに『甲子園のファンにおまえの最後の姿を見せてこい』って言われて。『最後って何だよ』って思いながら、ふてくされながらブルペンに行ったのは覚えてます。監督はあきらめてるんだって思ったのは今でも覚えています」。今まであまり明かしたことがなかったというやりとりだという。
 「監督が本当にあきらめることはないと思うし、僕の性格を知った上でのやりとりだったかもしれないですね。ただ、『最後に見せてこい』はひっかかりましたけどね(笑)」。こう言って笑った松坂さんは、「たくさん試合を経験してきましたけど、準々決勝からの3試合は、自分の野球人生の中でも、かなり印象に強く残っている3試合ですね」とも語った。

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