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月刊グラン 2024年9月号(8月9日発売)


価格700円

■Man of the Month :山岸祐也「山ピースの数だけ、勝利がある。」
■小田島卓生のWE ARE FAMILY!: 重廣卓也
■THE DAYS 倍井謙編Chapter3

◆THE MATCH 2024明治安田J1リーグ第22~24節
 RE:PLAY ランゲラック
◆ベストショットN.G.E. ファミリーデー2024
◆アカデミー通信 PICK UP PLAYER:U-18 GK 濱崎史揮
◆大住良之の「ボールは世界をめぐって…」 ランゲラック選手とエメラルド
◆豊スタ天国
◆チアマス日記(ダイアリー)
◆財徳健治の「ボールの独り言」
◆東海サッカーダイジェスト
◆月刊オーシャンズ

■Man of the Month :山岸祐也「山ピースの数だけ、勝利がある。」

2年連続2桁得点。攻撃的なサッカーを目指すグランパスの新たな得点源として今季アビスパ福岡から加入し、期待を一身に受けた山岸祐也。開幕前の右膝負傷から復帰した直後、今度は左膝を痛めるなど前半戦は苦しいシーズンとなってしまった。しかし山岸は「それも経験」とポジティブに捉え、常に前向きにゴールを目指している。
「最強のホーム」だった
生粋のストライカーに、ようやく初弾が出た。7月14日の第23節・柏レイソル戦。得意のセットプレーから同点に追いついた2分後、永井謙佑がつないだ浮き球のパスに左足を振り抜くと、シュートはゴールネット天井に突き刺さった。山岸もチームメートもファミリーも、待ちに待ったリーグ戦初ゴール。ゴール裏に向けてトレードマークの「山ピース」を繰り出すと、この日一番の歓声が豊田スタジアムに響き渡った。
――ようやく「山ピース」ができましたね。
ホームの豊田スタジアムでできて本当に最高の気分でした。逆転ゴールということで、勝利につながるゴールだったのもなおさら気持ち良かったですし、チームメートのみんなから結構手荒い祝福を受けましたけど、本当にうれしかったですね。「山ピース」は、「あんまり浸透していないかな」と思っていたんですけど、たくさんのファミリーがやってくれて本当に最高で、今年一番気持ちのいい瞬間でした(笑)
――シュート自体も気持ちのいいシュートでしたね。
良いタイミングでボールを捉えることができて気持ち良かったですけど、まだ残り時間が結構あったので、ゴールを決めて喜んだ後は、これからどういうプレーをしようかと考えながらセンターサークルに戻りました。
――勝利のためには、しっかりと切り替えないといけないですからね。
自分の理想としてはもう1点取ってゲームを終わらせに行きたいな、と。その後は押し込まれる時間帯もありましたし、その状況に合わせてプレーする必要もありました。それを耐え切って勝つことができたのは、本当にファミリーのみなさんの圧がすごくて、「ホームの中のホーム」みたいな、「最強のホーム」という雰囲気だったことが大きいと思います。たぶん相手チームの選手もやりにくかったと思うし、あの流れと雰囲気が自分に点を取らせてくれたと思います。
(詳細は2024年9月号で)

■小田島卓生のWE ARE FAMILY!:重廣卓也

ファミリーの皆さんからの質問を交えてグランパス選手の素顔に迫る「WE ARE FAMILY!」。担当の国生千代アナウンサーが7月に男児を出産して、しばらくお休みすることになり、国生さんの東海テレビ時代の先輩である小田島卓生 アナウンサーにバトンタッチします。小田島さんが最初に迎えるのは、韓国・KリーグのFCソウルから復帰したばかりのMF重廣卓也選手。海外挑戦でたくましさを増した29歳が、ソウルでの経験を思う存分語ってくれました。
いい勉強になった4カ月
小田島◉ 6月下旬に復帰しました。チームに合流して、どう感じましたか。
重廣◉ みんな変わらず元気そうで。たった4カ月ぐらいでしたけど、なんか久しぶりっていう感じがあって。家族をこっちにおいて1人で行ったんで、日本語をしゃべる機会もほぼないし、というのもあって、久しぶりな感じがしました。
小田島◉ 通訳の方はついていなかったんですか。
重廣◉ 途中からですね。1カ月半ぐらいは1人でした。
小田島◉ ということは、最初は戦術の指示なども全然分からない状況だったんですね。
重廣◉ 分かんないです、全然。イングランドとかセルビアの選手がいて、英語の通訳から戦術を聞きながらやってました。
小田島◉ 韓国でのプレーを決断した理由を教えてください。
重廣◉ オファーをいただけたことで、シンプルに必要とされていると感じたから、勝負できるなら…と。ましてやこのタイミングで海外挑戦できると思ってなかったので。プロに入った時に挑戦したいな、とずっと思ってたんですけど、このタイミングでパッと来たんで、「行きます」って即答でしたね。
小田島◉ 違う環境でプレーしたいと思っていたんですか。
重廣◉ ありましたね。僕、これまでも2年とか2年半で移籍しているので、環境を変えるのは結構好き、というかチャレンジしたい精神はあるので。
小田島◉ ソウルでの生活はいかがでしたか。
重廣◉ FCソウルの選手はすごく優しくて、正直驚いたというか。韓国の人って、気持ち的に強そうなイメージがあるから。いざ行くと、みんなウェルカム状態で、「わー、Jリーガーが来た、うれしい」みたいな感じで。みんなJリーグに興味あるし、日本の文化に興味あるし、僕自身のこともいっぱい聞いてくるし。だから通訳が来てからはもっと会話が増えましたね。
小田島◉ それは一緒にプレーして初めて分かる部分ですね。
重廣◉ 人の温かさを一番に感じましたね。本当に全員が優しくて。ソウルの選手は結構英語ができるんですよ。僕は英語ができるわけじゃないので、片言で。スローリー、スローリー(ゆっくりと)とか言いながら会話していたんですけど、それでもみんなコミュニケーションをとってくれて。「生活環境はどうだ」「コンディションはどうだ」とか、コーチ、トレーナーから全員優しくてびっくりしましたね。
小田島◉ ご家族と離れた生活でしたが、異文化交流という意味では、全く孤独ではなかったんですね。でも、1人での生活だと食べることが楽しみだったと思います。ファミリーからはソウルでの食生活に関する質問が届いています。「好きな韓国料理は何ですか?」(紗夏さん)
重廣◉ ド定番になっちゃうんですけど、僕、タッカンマリがめちゃくちゃ好きです。すっごいシンプルな料理だと思うんですよ。でもめちゃくちゃおいしくて、あれには感動しましたね。鶏が丸々バーンと入ってて、お店によって若干変わるんですけど、ジャガイモとかトッポギとかが入ったりして。ただただ煮詰めて、鶏は店員さんが食べやすい大きさに切ってくれて。つけダレは自分で作るんですよ。酢とか醤油とか辛子とかニンニクとか。
小田島◉ タッカンマリ以外ではどうですか。
重廣◉ カンジャンケジャン(ワタリガニの醤油漬け)も好きですね。これも定番ですけど、すごく好きで。生ものなので体に気を遣ってオフ前に食べてましたけど。めちゃおいしいです。
小田島◉ チームメートと行くことも多かったですか。
重廣◉ もちろんです。日本食も結構多くて、チームメートが逆に「日本食に行きたい」とか言って、すき焼きのお店とかに若いやつらと一緒に行ったりとか。日本語を理解する選手も2人ぐらいいて、そういうのも助かりましたね。
(詳細は2024年9月号で)

■THE DAYS 倍井謙編Chapter3

グランパス・アカデミーのセレクションと中学受験という二つのハードルを乗り越え、ついに憧れの赤いシャツに袖を通した倍井謙。だが少年を待っていたのは、便利屋に甘んじる苦闘の日々だった。
二兎を追う戦いの中で
 東海スポーツに倍井謙あり。常勝軍団グランパス・アカデミーから警戒されるほど危険なドリブラーとなった倍井だが、小学6年生になると、それまでのように存分にサッカーに打ち込むことができなくなった。中学受験が迫ってきたことで、勉強に本腰を入れなければいけなくなったからだ。

 父の秀樹さんと母の晃子さんが、当時を振り返る。
 父「ウチは背が高い家系なのに、謙が思ったほど伸びなかったのは、睡眠時間が足りなかったからかもしれないね」
 母「学校が終わると塾があるし、サッカーに行く時もある。それを終えて帰宅すると、今度はたくさん出された宿題をやらなきゃいけない。結局、毎晩12時くらいまで勉強していましたから」
 父「そう。ですから、同級生より睡眠時間はかなり短かったと思います」
 母「肉体的にも精神的にもかなり大変だったと思いますけど、傍目には意外に飄々とこなしていました。落ち込んだり、めいったりしているところは、ほとんど見せない。塾の先生は、あのタフな生活を続けられたのも謙が体力に恵まれていたからですよ、なんて話されていました」
 8月の終わりにグランパスU-15のセレクションが始まると、サッカーと中学受験の二兎を追う戦いは厳しさを増していく。
 毎週木曜日に開催されるセレクションは、落ちたら次には進めない一発勝負。トーナメントに似た戦いを勝ち続けながら、受験勉強を続けなければならないのだ。両親には「意外と飄々とこなしていた」ように見えていても、本人はやはり「人生で一番きつかった思い出」と振り返る。
(詳細は2024年9月号で)

■RE:PLAY ランゲラック

4連敗を止めた要因の一つは、結果的にこの試合限定の復帰となった相馬勇紀であったことは間違いないが、勝ち点3をがっちりとキープしたのは、キャプテンにして守護神のビッグセーブだったこともまた確か。最終盤、絶体絶命のピンチを超人的な反応でしのいだあの瞬間、背番号1は何を考え、判断していたのか。勝負の“際”が宿った場面を振り返る。
時間があったのは幸運だった
―― 左サイドからのクロスが入り、跳ね返りを柏のマテウス・サヴィオ選手が拾うところから始まったプレーでした。
試合前から「サヴィオには気をつけろ」とチームメートには言っていました。彼がボールを持った時、特にペナルティーエリア付近では何でもできる選手なので、とにかく彼にプレッシャーをかけようと。あのシーンは90+ 9分という終盤で、選手たちも疲れていてなかなか寄せるのも難しかったので、クロスが入ってクリアしたところで、おそらく彼がボールを取るだろうなと思いました。
―― あの瞬間にサヴィオ選手のシュートの選択肢は考えましたか。
ややゴールから遠かったので、シュートの可能性は少ないと思いました。だからクロスを入れてくるだろうと思いましたし、そのクロスに対して自分たちはしっかり守れていたと思います。ケネディ(三國)や河面が柏の選手にしっかりマークについていたので。ただ誤算だったのは3人目の選手が入ってきて、その選手がフリーでヘディングをしたこと、しかもそのフリーの選手に対して完璧なボールが来たこと。シュートを打たれた瞬間、正直言えば「やられたな」と、そういう感触もありました。
(詳細は2024年9月号で)

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