1人の教師が言った…「歌いましょう」 軍需工場で働く15歳少女の希望と青春
2024年8月15日 05時10分 (8月15日 10時54分更新)
1944年春、中津町(現中津川市)の中津高等女学校4年で15歳だった大森昭子さん(96)=下呂市小坂町=は、ペンをドライバーに持ち替えた。学徒動員で同学年の150人と一緒に学校近くの軍需工場に通い、黙々と飛行機のスイッチを組み立てる毎日。何のために学校に入ったのか-。落ち込み、すさむ心を、ある教師が救ってくれたという。
工場で作るスイッチは数センチから30センチほどまで大小さまざま。黒い箱の中に、金属部品や電線を組み付ける。「教えたばかりやのにわからんのか」。機械の騒音に混じって、工員が10代前半の少年工員たちを怒鳴りつける声が響く。女学生も少しでもおしゃべりすれば憲兵に叱られ、気がめいっ...
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