日体大の松浪健四郎理事長(75)が17日までに本紙のインタビューに応じ、今夏の東京五輪・パラリンピックを総括。日本選手団の活躍や強化支援策を称賛する一方で、レガシーの欠如を指摘した。元衆院議員で文部科学副大臣、日本レスリング協会副会長などを歴任した重鎮は、招致を目指す2030年札幌冬季五輪に東京大会の教訓を生かすべきだと主張した。
■パラの取り組み結実 日体大は東京大会にOB、OGを含めて69人(五輪59人、パラ10人)が出場し、五輪で9個(金3、銀3、銅3)、パラで7個(金1、銀4、銅2)のメダルを獲得。存在感が光った。
「国民は熱狂し、選手を誇りに思い、勇気をもらい、希望を持たせてもらった。強化は計画通り進んだ」
松浪氏が成果の一つに挙げたのは、日本財団と連携したパラリンピックの取り組み。給付型の奨学金制度を学内に2017年度から設立するなど、世界レベルで活躍するパラアスリートの育成を支援した。前回16年リオデジャネイロ大会の出場は1人だったが、今回は10人に増えた。金メダリスト(パラバドミントンの梶原大暉)も誕生した。
東京大会のコンセプトの一つ「共生社会」の実現に向け、奔走した。「障害がある人たちも表に出て活躍できる時代を迎えた。社会に沿ってアスリートもどんどん誕生していく時代になっている」。多様性と調和の社会において、積極的な取り組みが実を結んだ。
コロナ禍で史上初の1年延期を余儀なくされた大会は、安心安全が強調される中、成功で幕を閉じた。松浪氏は「どの国よりも、おもてなしの考え方が徹底していることを世界にアピールできた」。ボランティアらの親切で実直な対応を称賛した。一方で「よく考えれば充実したレガシーを残すことができたのではないかと、反省点がある」と指摘した。
■大会を生かせなかった 57年前の前回大会は高度経済成長期の日本経済をさらに押し上げるきっかけとなり、「革命」と表現。今回は「レガシーがない。大会を生かすことができなかった」。大局観を持たずに政策を進め、未来への継承が乏しいとした。例に挙げたのは国立競技場を巡るゴタゴタだ。
建設費用の巨額さから国立競技場はデザインが変更された。「国際コンペで決めた競技場を費用が高すぎるとしてやめた。観光資源になるのに。ローマのコロッセオはいまだに観光地。国際的な信用を失った。威信を取り戻すのに時間がかかる」。受け継がれる財産の少なさなど課題が目につく。
■30年札幌五輪の教訓に 捲土(けんど)重来-。日本が巻き返すチャンスはある。「30年に札幌でもう一度、冬季五輪を開こうとしている。今までの失敗を取り戻す。そして(日本の発展のために)世紀のイベントを活用すること。十分に考えておいた方がいい」。スポーツの発展を願う松浪氏の言葉に熱がこもった。(石井文敏)
★北朝鮮の不参加「残念」
松浪氏は交流を続けてきた北朝鮮が東京大会に不参加だったことに肩を落とした。日体大は事前合宿や五輪期間中の練習場所として、北朝鮮選手団の受け入れが決まっていた。長年、スポーツ交流を行っているだけに「平和の祭典に全く貢献できなかったのは残念だ」と無念の思いを吐露した。
▼松浪 健四郎(まつなみ・けんしろう) 1946(昭和21)年10月14日生まれ、75歳。大阪府出身。日体大でレスリングを始め、68年のメキシコ市五輪代表候補に選出された。卒業後は国内外でレスリングおよび体育の指導者として活躍し、88年からは専大教授を務めた。96年に新進党から衆議院議員に初当選。自民党副幹事長、文部科学副大臣、自民党外交部会長などを歴任した。2011年に学校法人日本体育会(現学校法人日本体育大学)理事長に就任。16年旭日重光章を受章。
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