本文へ移動

【エンタ目】三島有紀子監督⑩「心に届く、物よりも確かな贈り物」

2025年12月25日 07時40分 (12月25日 07時47分更新)
 12月になると、「贈り物とは何なのだろう」と考える時間が増える。街はきらびやかだが、この国では物価だけが上がり、気持ちはどこか追いつかない。それでも人の優しさは、思わぬところでふっと姿を見せる。
 路上で警備員の青年が、お年を召した女性の手をそっと握っている光景に出合った。女性は不安げに目をつむって息を荒くしていたので、私は小声で「大丈夫ですか?」と尋ねた。青年は「おばあちゃんが少し動揺していて」と言い、大丈夫ですよ、という静かなまなざしを向けてくれた。私が安心した顔を返すと、彼はかすかにほほ笑んだ。周囲の警備員たちが彼をせかすことなく、黙って仕事をカバーしていた。あれは、物よりも確かな“贈り物”だった。
 昨年のクリスマスの予算は前年比で大きく減ったという調査報告を読んだ。一方で、女性の「自分へのプレゼント」は増えたらしい。今は誰もが深い疲れを抱える時代なのだろう。だからこそ、まずは自分をねぎらう贈り物が必要なのかもしれない。
 私にとっての大きな贈り物は、映画との出合いだった。性被害にあった幼いころ、英国映画「赤い靴」を見て、生きようと思えた。主人公は人生の選択に悩み、最後には自らの死を選ぶ。それは衝撃的だったが、私は自分が「生きること」を選んでいるのだと気づいた。映画は、人生のある瞬間に突然差し出される、静かな救いの手のような贈り物でもある。
 学校へ行きたくない、家に帰りたくない。そんな子どもたちが、ふらりと映画館に立ち寄り、無料で映画を見られるシステムをいつか作れたらと願う。暗闇に光がのび、スクリーンに物語が映し出されると、世界はほんの少しだけ変わりはじめる。その体験が、誰かの心の温度を少し上げる「贈り物」になればと願っている。(映画監督=次回は来年2月5日)

「赤い靴」のチラシ。大学時代、共に映画を作っていた先輩からの贈り物


▽コラム「エンタ目」
 芸能の第一人者たちがつづる、中日新聞の名物コラム。各ジャンルで活躍する4人の筆者が、自身の体験から社会風刺まで幅広く記します。毎週木曜の朝刊カルチャー面に連載中。
 ほかの回はこちらから読めます。

関連キーワード

おすすめ情報

エンタ目の新着

記事一覧