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飛騨高山から狙うのは世界の頂点 14歳、ブレイキン yu_shin を動かす「躍る本能」

2026年1月1日 05時10分 (1月5日 12時11分更新)
 学校では普通の中学2年生。ただ、テストでいい点数を取れたときは、手のひらを裏向きで突き出すポーズが出てしまう。「すごい、やばいって感じのときはやっちゃいます」。高山市の宮本侑信さん(14)。隠しきれないダンサーとしての本能は、「yu_shin」と名乗るブレイキン(ブレイクダンス)のバトルで爆発させる。手や背中、頭を軸に旋回する「パワームーブ」を連発してライバルを退け、2024年2月に、全日本選手権のジュニア部門を初制覇した。

柔軟な体を生かした「パワームーブ」を武器に「世界一」を目指す=高山市上岡本町で

 みやもと・ゆうしん 2011年生まれ。高山市新宮小入学後の19、20年にキッズ年代で日本最大級の大会「ドリームカップ」で低学年の部を連覇。全日本選手権のジュニアは22年3位、23年4位を経て24年に初優勝。現在は同市松倉中2年。156センチ、46キロ。

 5歳の時、姉2人が習っていた高山市の「ビーダンススタジオ」の教室へ。幾つかのジャンルを体験する中で、多彩な回転技のあるブレイキンに魅せられた。父の建也さん(42)の影響もあった。お笑い番組のダンスバトルをきっかけに没入した父が、家のテレビで映す一流選手たちの技にも引き込まれた。
 教室の幼児部門で教えた神谷泰輝さん(49)は「当時から身のこなしが違った。バランス感覚とリズム感は大人に交じっても引けを取らなかった」と振り返る。頭を軸に回る「ヘッドスピン」は、小学校に上がる前に習得していた。
 メーンの練習場は、家具を端に寄せた自宅のリビング。月に数回、国内外の大会で優勝を重ねてきた郡上市の上村研人さん(36)の指導を受けつつ、ダンス経験のない父と二人三脚で歩む。
 動画を見ながら、父の補助を受けながら。恐怖心を克服し、技によっては数カ月もかけてものにしていく。「やり続けるほど、その技をやっている感覚がなくなっていく」。無意識の境地に達するまで反復する。
 多くの大会は、1対1の対戦を重ねるトーナメント戦。相手が踊る傍らで、呼応したジェスチャーをしながら見守る間も、ダンスに劣らぬ目まぐるしさで頭を働かせる。「相手をまねると減点になるので、いかに自分らしさを出すかを考える」。同じ技でも、音楽のリズムとの「はめ方」で全く違う印象を生み出せる。

得意な技について説明する宮本さん=高山市上岡本町で

 小学校卒業を控えた時期に全日本選手権のジュニアを制し、中学へ。2年で身長が10センチ近く伸びる間に海外遠征が増え、国内を含めていろんな仲間が増えた。その一方で、頂点に立った者の苦しみも味わった。連覇を目指した昨年の全日本のジュニアは5位。「『負けたらどう思われるんだろう』と考えてしまった。練習量を抑えすぎたり、腕に力が入らない不調があったりもしたが、メンタルにも問題があった」
 26年の飛躍へ。まず2月の全日本のタイトル奪還のため、この冬は新技に磨きをかける。「トーマス・スワイプス・エアっていうんですけど。それを逆回転でやりたくて。世界でもあまり見ない」。三つの技の組み合わせを、普段と逆方向に回る離れ業。普段通りに回る動画を鏡に見立て、手のひらのどこで体を支えるかなどを細かく試す。「もう8割ぐらいのところに来ている」
 競技を始めたころからの「世界一になる」という目標はぶれない。来年まで出場できるジュニアの大会に加え、今秋のユース五輪など、高校生年代も含めた戦いの場を視野に入れる。将来は世界最高峰とされる「レッドブルBCワン」「アウトブレイク」など、高額賞金もかかる大会での活躍を夢みる。
 周囲に競技者がほとんどいない飛騨の地で、コツコツ鍛えながらの挑戦。「SNSに技の動画をアップすると、学校の友達が『すごいね』とほめてくれる。知らない人の反応もありがたいけど、直接言われるとうれしい」。練習場の窓の向こうでちらつく雪のように、14歳のダンサーはきょうも軽やかに舞う。
 (鈴木智行)

武器は→エグい柔軟性

 ブレイキンの始まりは1970年代の米国。ニューヨークでギャングの抗争が激化する中、非暴力の方法で解決するためダンスでのバトルが考案された。
 2024年パリ五輪の追加競技となり、スポーツとして急速に普及。上村さんは「パワームーブなどをする身体能力が注目されがちだが、踊りの上手さや個性の強さも評価される」と競技の特性を語る。28年ロサンゼルス五輪では行われないものの、今年の愛知・名古屋アジア大会では実施される。
 小学2年のころから見てきた宮本さんの長所は柔軟性の高さ。「体を大きく使って表現した際のシルエットの『エグさ』が、他の選手と一線を画す」。逆回転の技はもともと彼の強みといい、小学3年で「日本人初では」という技をこなしていたという。
 上村さんも都市部でない地元を拠点にしてきた。「集団でやれば技術は上がるが動きは似通ってくる。一人で黙々と練習する中から飛び抜けた選手が生まれる」と背中を押す。その上で「国内外の大会に招待され、仲間を増やすのも大事。英語も覚えていけば、実力だけではつかめないチャンスを得られる」とエールを送る。

連載「いつか千里を~ぎふの子馬たち」
 優れた名馬とて、最初はみな子馬だった。伯楽に見いだされ、あるいは自ら研さんを積み、己の技と心を鍛え成長していく。今はまだほんの小さな歩みでも、いつか千里を-。岐阜を飛び出して日本そして世界を駆ける可能性を秘めた子馬たちを追う。

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