前回までは政治切り抜き動画がもうかる仕組みや、さまざまな動機で選挙や政治の話題を配信する人々を追った。常に利用者の関心を引きつけようとする「アテンション・エコノミー」の構造が、誤情報の拡散につながる危うさも見てきた。こうした状況が無視できない存在となっているのは、取材の現場や証言からの体感だけではななく、数字からも読み取れる。
総視聴数は28億回超
選挙情報をまとめるポータルサイト「選挙ドットコム」を運営する「イチニ」(東京)は、2月の衆院選に関し、ユーチューブに投稿された動画の総視聴回数を調べた。
選挙期間中の1月27日~2月8日、動画タイトルに「衆院選」という言葉や政党・候補者名を含む投稿を分析。結果、総視聴数は28億272万回を数え、2024年10月に行われた前回衆院選の2億7千万回の約10倍を記録したことが判明した。昨年の参院選は17億回だった。
政党別では、自民党が最も多く、2億2719万回。政治家に限れば、高市早苗首相の関連が約4億4615万回で、他を引き離した。
目を引くのは、政党や議員の公式チャンネルを除いた再生回数のうち、一般の個人などの配信者らが政治家の発言などを加工して投稿した「政治切り抜き系」の動画が73.3%を占めたことだ。タレントや著名なユーチューバーが設けたチャンネル(12.1%)、テレビ・新聞・雑誌の公式チャネンル(6.0%)を圧倒した。
選挙は「稼ぎ時」
「もはやマスメディアに匹敵するほど、SNSや動画共有サービスが選挙に大きな影響を与えている」。国際大グローバル・コミュニケーション・センターの山口真一教授(経済学)は指摘する。
さらに注目するのは、氾濫する政治動画の中に「間違いなく稼げる選挙という場」(山口氏)を利用して、政治家の発言内容を操作したり、事実をねじ曲げたようなフェイク動画や誤情報が広まっている点だ。「アテンション・エコノミーの中で、かなり多くなっているのではないか。人はセンセーショナル(扇動的)なものが好き。お金もうけのために、内容が操作されるのは問題だ」と懸念を隠さない。
兵庫県知事選を皮切りに
SNSや動画サイトで政治情報が大量に出回るようになったのは、パワハラ疑惑で斎藤元彦氏が失職した兵庫県知事選のあった2024年ごろからとされる。
斎藤氏は自身のSNSでの発信と擁護論の盛り上がりを背に再選。パワハラ疑惑を追及する元県議がデマによって逆に攻撃対象になり、命を落とす事態にまで発展するなど、SNSでの情報拡散が与える負の影響も浮き彫りとなった。
同じ時期に生成AIが本格的に普及し、音声字幕などの編集作業が劇的に速くなったことも、一般の人々が趣味や副業で政治動画に参入するハードルを下げた。
「外出のままならないコロナ禍をへて、それまで若者や現役世代の文化とみられていたSNSやネット動画が高齢者に広まった影響もある」と指摘する有識者もいる。
アルゴリズムの功罪
有権者は多くの動画を見ることで、さまざまな政党や政治家への理解が深まるはずだ。だが、アテンション・エコノミーの世界では、SNSを運営するプラットフォーム企業が利用者の好みや傾向を把握することが、広告主の企業からより多くの広告収入を得ることにつながるため、プラットフォーム企業は利用者の関心をつなぎとめようと、それまでと似たような話題や論調の情報を流し続ける。
このからくりを動かしているのが、それぞれのSNSが持つ「アルゴリズム」(計算手法)だ。利用者がある動画を見た場合、検索した語句や視聴時間、停止回数、広告をスキップしたかなど多様なデータを読み取り、次にどんなコンテンツを提示すべきかを分析している。そこには、別のテーマや異なる価値観を選び出すような多様性の観点は乏しい。情報の真偽を見極める視点もない。
偏り生み出す「バブル」
「『やっと仲間を見つけた』と思って、人間はあっという間に偏っていく。それがフィルターバブルを生んでしまう」
インターネット上の情報を検証するNPO、日本ファクトチェックセンターの古田大輔編集長は指摘する。自分好みのコンテンツや発信者ばかりに囲まれ、偏った情報の「バブル」に包まれると、その中で同じような意見ばかりが反響する「エコーチェンバー現象」が起きる。
外部の声が届かない閉ざされた部屋で、好みの似たメンバーが会話を続ければ、興味のない話題や異論を受け付けなくなっていく。アテンション・エコノミーの浸透で発生しやすい環境だ。
ユーチューブ漬けの支持者
2週間足らずの間に28億回もの政治動画が見られたという今回の衆院選。街頭に足を運ぶと、その数字をリアルなものとして実感するとともに、受け取る情報の偏りを感じさせる声も聞かれた。
浜松市であった野党の演説会では、支援者の女性(66)が「毎日6時間くらい、朝から晩まで(支持する)党のユーチューブ。1カ月くらい見まくっている」と打ち明けた。一般の配信者らがつくった切り抜き動画を見る時は「自民アゲアゲだったら即カット」するという。
岐阜市の集会では、70代女性が「ここ数年は新聞やテレビを見なくなった。ユーチューブとかで情報は足りる」と言い切り、支持政党が新型コロナウイルスのワクチン接種に慎重な立場を取っていることから、記者にこう助言した。
「ワクチンは打ちましたか。打ったなら、解毒したほうがいいですよ。私はもうしましたけど」
見抜けぬ誤り
ファクトチェックセンターの古田氏は言う。「人間は、情報に根拠がなくても自分の価値観に近ければ直観的に正しいと思ってしまう。間違った情報を見ても、ほとんどの場合、それに気づけないと知ってほしい」
同センターなどが2万人を対象に行った調査では、実際に拡散した15の誤情報のうち1つ以上を見聞きしたことがある人の割合は37%。このうち、その情報が「誤っている」と見抜けた人は、わずか14.5%にとどまった。
【中日BIZナビ連載】アテンション、プリーズ! 関心がカネになる経済
「アテンション・エコノミー」という言葉を知っていますか?
今、この仕組みが私たちの世界を大きく変えようとしています。直訳すれば「関心経済」。人々の注意や興味に経済的価値を見いだし、利益につなげるシステムのことです。
交流サイト(SNS)の爆発的な普及により、そこにあふれる広告へユーザーの関心を集めれば、SNSを運営する企業は莫大な収入を手にすることができるようになりました。SNS企業はそのためにあなた好みのコンテンツを次々と表示し、スマホやPCの画面から離れられなくしています。
コンテンツの投稿者も、多くの関心を集めればSNS運営企業から広告収入の一部を受け取れる仕組みになっているため、情報の真偽よりも刺激性を優先する誘惑から逃れられません。
趣味や娯楽だけならまだしも、そんなアテンション・エコノミーの構図が選挙や投資、犯罪やポルノの世界にまで広がったら? 刺激的なコンテンツが、依存症と診断されるほど子どもの生活を飲み込んでしまったら?
連載「アテンション、プリーズ! 関心がカネになる経済」では、私たちが無料だと思っているSNSやネット利用に潜む危機を取材し、氾濫する情報との付き合い方やメディアの今後について考えます。
(取材=杉藤貴浩、池内琢、岸友里)
第1部/選挙は副業最前線
(1)氾濫する政治系動画「ぬれ手で粟」 富を生み出す最前線に
(2)仕事帰りに選挙実況「どこでもぱっと」 結び付く政治とバズり
(3)反響するのは同じ声 発言加工の「切り抜き系」再生回数圧倒(この記事)
(4)揺さぶられる個人の選択 SNS運営プラットフォームの企業姿勢が世論左右
(番外編)「関心経済」危うい情報 静岡大・高口鉄平教授と連載振り返り
中日BIZナビでは第4部まで公開しています。