アテンション・エコノミーが抱える課題を語る静岡大の高口鉄平教授=浜松市中央区の同大浜松キャンパスで
2月の衆院選を追った連載第1部では、主な情報源はSNSという有権者や副業として政治動画を流す配信者など現場の声に迫った。問題に詳しい静岡大情報学領域の高口鉄平教授(45)は「自分がアテンション・エコノミーの中を生きているとまず知ることが重要だ」と話す。
選挙結果は自民党の圧勝だった。自民は公式サイトで複数の海外メディアの報道を引用し、「選挙に大きな影響を与えるSNSでの支持の高さを報じるものもあった」と自賛した。実際、選挙期間中に高市早苗首相や自民関連の動画は群を抜いて再生数が多かった。
もはや選挙戦に欠かせないSNSだが、利用者が触れる情報は玉石混交だ。連載1回目に登場した動画配信者は情報の正確さに責任は持てないという。連載2回目でタレントのフィフィさんは拡散した誤情報の訂正の難しさに言及した。
高口教授は「連載を読んで改めて気付かされたが、時間的な制約がある選挙ではアテンション・エコノミーの影響をリアルタイムで解決する必要があると感じた」と話す。リスクとして「選挙は結果が出た後に情報が間違っていたことが分かっても取り返しがつかない」ことを指摘。一案として、表現の自由に配慮しつつ、選挙期間中のみSNSの収益化を停止することを挙げた。
情報の偏り、分断の恐れも
もう一つの懸念はSNSの「レコメンド(おすすめ)機能」による、情報の偏りだ。SNSはそれぞれ独自のアルゴリズム(計算手法)を持ち、利用者の興味や関心を満たす情報を次々に表示する。いつの間にか特定の政党、さらには自分に都合の良い主張だけが目に入りやすい状況に陥る恐れがある。連載3回目ではある政党の動画だけを見続ける有権者の声を聞いた。
「バランスを取った意見はアテンションを得にくく、極端な意見の方がSNSではウケる。右派はより右、左派はより左の主張を取り上げた方がSNS戦略としては支持層を固めやすくなる」と高口教授。徐々に自分とは異なる意見を受け入れなくなり、社会の分断を招くことを危ぶむ。
「最善のビジネスモデル」に課題
こうしたアテンション・エコノミーの課題はいつ顕在化したのか。高口教授は「利用者がコンテンツを生み出せるようになり、2010年代にSNSの経済規模が大きくなった」と振り返る。関心が収益を生む経済システムとして確立され、「偏った情報を流すシステムに問題があることが次第に明らかになってきた」。
SNSを運営するプラットフォーム企業の問題意識も問われている。連載4回目では各企業の見解を紹介したが、一般論が大半を占めた。高口教授は「民間企業なので当然、利益を上げたい。アテンション・エコノミーの中では、クリックされるコンテンツを利用者に出すことが最善のビジネスモデル。そこを変えるべきだ」と話す。
日本では各企業の自主的な取り組みに任せている段階だが、画像や動画を自在に作り出せる生成人工知能(AI)という新たな脅威も生まれている。「誤情報が増え、利用者側が情報の真偽をしっかり見極めましょうという世界ではなくなってきている」と高口教授。レコメンド機能の仕組みに対しルールを設けるなど、次の段階を検討する必要があると訴える。
未成年のSNS 各国で禁止に
人々の関心をくぎ付けにするアテンション・エコノミー。より長く利用者をネット空間にとどまらせる仕組みが特徴だ。その中毒性を問題視する動きが世界的に広まってきており、未成年者のSNS利用を禁止する国が増えている。
オーストラリアでは2025年12月、世界に先駆けて16歳未満のSNS利用を禁止する法律が施行された。違反時にSNS運営企業が払う罰金は最大4950万豪ドル(約56億円)に上る。フランスでも、26年秋に15歳未満のSNS利用を禁止する規制を始める方向。子どもの心身の健全な成長を促すのが狙いだ。
インドネシア政府は3月下旬、16歳未満のSNSアカウント保有の禁止に踏み切った。X(旧ツイッター)やTikTok(ティックトック)などに加え、動画投稿サイト「ユーチューブ」も規制に含めた。日本では、有識者会議でSNS規制の導入を巡り議論を進めている。昨年10月、愛知県豊明市ではスマートフォンの利用の目安を仕事や勉強、家事以外で1日2時間以内とするよう促す条例が施行された。
表現の自由を重んじ、SNS規制に消極的だった米国でも変化が起きている。ロサンゼルスの州裁判所の陪審団は3月下旬、SNSの中毒性を問題視。運営する巨大IT企業メタとグーグルの2社に計600万ドル(約9億5千万円)の支払いを求める評決を出した。依存性というSNSの「欠陥」に注目した判断だ。
【中日BIZナビ連載】アテンション、プリーズ! 関心がカネになる経済
「アテンション・エコノミー」という言葉を知っていますか?
今、この仕組みが私たちの世界を大きく変えようとしています。直訳すれば「関心経済」。人々の注意や興味に経済的価値を見いだし、利益につなげるシステムのことです。
交流サイト(SNS)の爆発的な普及により、そこにあふれる広告へユーザーの関心を集めれば、SNSを運営する企業は莫大な収入を手にすることができるようになりました。SNS企業はそのためにあなた好みのコンテンツを次々と表示し、スマホやPCの画面から離れられなくしています。
コンテンツの投稿者も、多くの関心を集めればSNS運営企業から広告収入の一部を受け取れる仕組みになっているため、情報の真偽よりも刺激性を優先する誘惑から逃れられません。
趣味や娯楽だけならまだしも、そんなアテンション・エコノミーの構図が選挙や投資、犯罪やポルノの世界にまで広がったら? 刺激的なコンテンツが、依存症と診断されるほど子どもの生活を飲み込んでしまったら?
連載「アテンション、プリーズ! 関心がカネになる経済」では、私たちが無料だと思っているSNSやネット利用に潜む危機を取材し、氾濫する情報との付き合い方やメディアの今後について考えます。
(取材=杉藤貴浩、池内琢、岸友里)
第1部/選挙は副業最前線
(1)氾濫する政治系動画「ぬれ手で粟」 富を生み出す最前線に
(2)仕事帰りに選挙実況「どこでもぱっと」 結び付く政治とバズり
(3)反響するのは同じ声 発言加工の「切り抜き系」再生回数圧倒
(4)揺さぶられる個人の選択 SNS運営プラットフォームの企業姿勢が世論左右
(番外編)「関心経済」危うい情報 静岡大・高口鉄平教授と連載振り返り(この記事)
中日BIZナビでは第4部まで公開しています。