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中日に移籍するウォードは除雪作業も経験した”苦労人”、選球眼磨いて8年目でメジャー切符…28歳の長距離砲、日本で新たな挑戦

2026年9月23日 11時47分

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ライアン・ウォード外野手


 ドジャースは22日(日本時間23日)、今月DFA(メジャー40人枠から外れる措置)となったライアン・ウォード外野手(28)が中日に移籍すると発表した。今季、プロ8年目で初めてメジャーの舞台でプレーした”苦労人”。長年の夢をかなえ、来季からは日本でプレーする道を選んだ。
 ウォードにとって忘れられない一日となった。メジャーデビューの前日の4月18日。3Aでの試合中、ネクストバッターズサークルに向かうと、急に途中交代を命じられた。監督から告げられた言葉は「メジャー昇格だ」。多くの仲間がメジャーに上がる場面を見てきたが、ようやく自分に声がかかった。「マイナーにいた時は本当に長く感じた」。諦めず、腐らず、自分と向き合い続けた日々が報われた。デビュー戦では適時打を含む2安打を放った。
 エリートではない。ドラフトはドジャースから8巡目、251位で指名された。入団当初から長打力は光るものがあったが、「本塁打か、三振か」という打者だった。プロ6年目の24年は3Aで33本塁打をマークしたが、それでも、上からお呼びはかからなかった。チームからの課題は明確だった。とにかくボール球に手を出さず、ストライクゾーンを管理すること。大味な打者から一皮むけるように求められた。
 24年オフには投球マシンに細かい調整を加えて、いろんな球種やコースに投げてもらい、「今日はこのゾーンだけを狙う。それ以外には絶対に手を出さない」と決めて選球眼を磨いた。相手投手の分析にも力を入れた。「相手の一番強いところはどこか。自分が一番強いところはどこか。それを考えて、チェスのような駆け引きをどう攻略するか」。データとも必死に向き合った。25年は3Aで36本塁打をマークしてMVPを獲得。四球数は24年の43個(2Aと3A)から3Aで83個に増やした。そして、念願のメジャー切符を勝ち取った。
 勤勉で粘り強い性格。そして好青年だ。オフには父の仕事を手伝い、除雪作業車に乗って主要道路の雪を取り除いた経験もある。地元マサチューセッツ州の野球施設でも働き、子供に野球を教えたこともある。そんなウォードがメジャー昇格を告げる連絡を両親にした時、「みんな泣いていた」。今季は5月にメジャー初アーチもマーク。やっと親孝行ができた。
 メジャー昇格まで7年以上を要した。それでも、諦めず、自分を変えることもやめなかった。ようやくつかんだ夢舞台を経て、次の挑戦は日本。自分の力を信じて地道に歩んできた長距離砲が、異国の地で新たな一歩を踏み出す。
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