速報
1人、また1人と世迷言を話して死んでいく 衛生兵で比従軍の二ツ木さん 「戦争は如何なる場合もさけなければならない」
太平洋戦争に衛生兵として従軍した二ツ木治夫さん(102)=大垣市丸の内。派遣されたフ...
2024年8月28日
「日本が負けている。人にはしゃべれん」 誰もが口をつぐんだ時代の空気 ロケット戦闘機「秋水」装置設計の牧野さん
太平洋戦争末期、厳しい戦況を打開すべく日本が開発を急いだロケット戦闘機「秋水(しゅう...
2024年8月27日
731部隊の元少年隊員が79年ぶりに中国の本部跡を訪ねた、そして…帰国報告であふれた涙
細菌兵器の研究や人体実験をしていたとされる旧日本陸軍「731部隊(関東軍防疫給水部)...
戦後50年を過ぎ「語りべ小劇場」結成 強い思いの一方でメンバーは高齢化し…
大島静雄さんは大正時代末期の1925年、現在の愛知県弥富市と愛西市にまたがる...
2024年8月25日
被爆「ミサコのピアノ」平和の音色奏でる 四日市で演奏会
広島への原爆投下で被害を受けた「被爆ピアノ」を演奏するコンサート「平和の音色」(中日...
「戦争はだめ 思いを次の世代に」 松阪九条の会が体験に学ぶつどい開催
戦争の記憶を語り継ごうと、松阪九条の会は24日、松阪市船江町の松阪公民館で「戦争体験...
戦没者の思い出語る 御浜で熊野の作家・中田さんと遺族
太平洋戦争で家族を亡くした遺族による講演会が24日、御浜町中央公民館であった。熊野市...
特攻隊員の「悠久の大義に生きん」とは何だったか 問い続けた語り部は98歳で亡くなった
飛行服や軍服に身を包んだ若者の白黒写真が壁を埋め尽くす。鹿児島県南九州市の知覧特攻平...
2024年8月24日
減り続ける戦争体験者、遺児の多くも80歳超え 記憶継承へ遺族会「語り部」新事業模索
来年の戦後80年に向けて、日本遺族会(東京都千代田区)が戦争の記憶を次世代に継承する...
戦地に散った甲子園の星 岐阜商を春夏3度優勝に導いた松井栄造投手の足跡
甲子園で行われていた夏の全国高校野球選手権大会は23日、京都国際高の初優勝で幕を閉じ...
「亀山列車銃撃事件」朗読劇で語り継ぐ 当時8歳…記憶に残るのは「みんな逃げろ」の声
終戦間近の1945年8月、亀山市内で列車が米軍機に銃撃されて乗客40人超が亡くなった...
2024年8月23日
【動画】爆弾づくり、夜襲、米軍から武器強奪…岐阜での本土決戦を、私は真剣に準備していた
1945(昭和20)年春のある日の深夜、仲間2人と伝馬(てんま)船で川を下り...
シベリア抑留、家族思い耐えた 旧満州で終戦迎えた津の稲垣さん、鈴鹿で体験語る
太平洋戦争で旧満州(中国東北部)にわたって終戦を迎え、シベリア抑留を経験した稲垣貞治...
2024年8月22日
【動画】「敵性外国人」として強制収容所へ 18歳だった日系アメリカ人2世は徴兵拒否し公民権のため闘った
1941年末に太平洋戦争が始まると、米国で暮らす日系人は「敵性外国人」とみな...
2024年8月21日
埋もれる「戦争トラウマ」 殴る蹴るは当たり前、元憲兵・父の虐待 坂井の男性証言
戦場を体験した兵士が心に抱える傷「戦争トラウマ」。戦後、国内では家庭内のこととして埋...
2024年8月20日
<伝える>(7)特攻を生き残り、隊員1036人の遺影集めた父 慰霊の意思を継いで
父・忠正は元陸軍特攻隊の生残者です。口癖は「生き残った負い目は死ぬまで消えない」。そ...
中国市民の日常を遺した父 養老・新井さん宅で戦下の写真、多数発見
日中戦争で日本軍に同行したカメラマンが撮影したとみられる大量の写真が養老町の新井彰さ...
<伝える>(6)春日井に落とされた4発の模擬原爆、なぜ終戦の前日に?
春日井市では終戦を迎えた1945年8月15日の前日に模擬原爆が4発投下され、7人が犠...
2024年8月18日
【動画】米軍の位置を知るため、旧日本軍は民間人を前線で歩かせた 元米兵「何もかもが狂っていた」
1945年の春から始まった沖縄戦で、心が引き裂かれるような経験をしました。 ...
2024年8月18日 戦後80年へ
命つなぐ尊さかみしめ 名古屋空襲で母と弟亡くした名張の増岡さん
空襲を告げる「ウーウ、ウーウ」という警報音が闇夜を切り裂き、名古屋の街に焼夷(しょう...
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