左打ち指令の秋から9年
【10月22日】
ドラフト前日、阪神監督の藤川球児はネクタイを締めなかった。都内は観測史上最も遅い真夏日を記録したというから、そりゃネクタイなんて…。前日会議の会場はクーラー全開だった。
この日、ドラフト1位で明大外野手の榊原七斗を一本釣りした虎の将は、虎色のネクタイをしていた。前日から一変、気温は下がり…いや、暑い寒いではない。気になって調べてみると、昨年も一昨年も球児は前日会議でネクタイを締めていなかった。そして本番当日のネクタイは毎年虎色。理由を本人に聞いたわけではないが、きっと、本質には拘り、そうでないものには拘らない。ただそれだけだと思う。
「本質」に拘るのはドラフト戦略である。補強ポイントを明確に、ブレないドラフトをやる。球団の指針、中長期を見据えた補強の核心を変えない。そう…。阪神は外野手を欲していた。 球児は5日前にヒントをくれていたのだ。前回の続きを書くことにする。
阪神がこの2年間レフトの補強をしなかったのは、できなかったわけではなく「あえてしなかった」。18日、オーナー報告後の囲み会見で球児ははっきりそう言った。「出てこい、生え抜き」の球団哲学で競争を促し、候補者は鎬をけずった。前川右京、高寺望夢、中川勇斗…しかし、誰か一人、突き抜けるまでには至らなかった。そこで、このオフあらためて「外野のひと枠」をテーブルに乗せることになった。
補強と育成の考え方は変わったか?そんな僕の問いかけに球児は言った。
「この2年間は、いい言い方をすると、『チャンス、あったよね』って。これから進めていくことに関しては、切磋琢磨のレベルを超えてくるという意味では、いつも言う通りチャンスが多いようでないかもしれないですし、一瞬しかないかもしれないですし…」
来季のことはまだ「分からない」と語っていた指揮官だが、ドラフトから明確に「補強」に舵を切った格好だ。
さて、明大の榊原とはどんな外野手か。先日当欄で東京六大学有力者を横浜鶴見で取材したと書いたが、実はこの人、榊原について語っていた。
「どの球団へいっても即戦力でセンターを任せられる」
在阪メディアは「近本2世」というが、この人曰く「全体のプレースタイルのイメージは近本ではない」。
阪神は21日の15時から18時まで前日会議を開き、この日も直前まで球団副本部長の竹内孝行を中心に討議が交わされた。層の厚みを主眼に置く中で、金本政権の16年を起点とした「素材ドラフト」について球団社長の粟井一夫は「もちろんそのまま」と言った。思えば9年前のドラフト、その直後の鮮烈な記憶はいまも残る。あの頃は指名された新人選手が秋季キャンプを見学する慣習があった。その場で金本は、立教大の主将で快足巧打のドラフト3位、熊谷敬宥にこんな指令を出した。
「左打ちも練習しておいてくれ」
層が薄く苦しかった政権の象徴的な逸話。転換期を経て黄金期と称される藤川政権が新しい時代へ、揺るぎない編成の本質を探ってゆく。=敬称略=
