松井新監督が袖を通したのは、かつて恩師の長嶋さんが背負った90番のユニホームだった=東京都港区(撮影・佐藤徳昭) 巨人は23日、新監督に日米通算507本塁打を誇る球団OBの松井秀喜氏(52)が就任すると発表した。「ゴジラ」の愛称で親しまれる国民的スターは東京都内で就任会見に臨み、昨年6月に死去した恩師の長嶋茂雄さん(享年89)への思いを口にした。背番号は長嶋さんが監督1年目につけた「90」。推定年俸2億円の3年契約で、今月30日の秋季練習からチームに合流する予定。また、巨人元監督の高橋由伸氏(51)にヘッドコーチ就任を要請していることが判明した。
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時代が動いた。壇上に姿を現したのは、濃紺のスーツに身を包んだ松井氏だった。報道陣120人が集結し、テレビ3局が地上波で緊急生中継で伝えた巨人新監督の就任会見。2012年の現役引退から14年。ファンが就任を待望していた国民的スターは、冒頭8分間の所信表明を笑顔で締めくくった。
「みんなに愛を持って接し、力強い、光輝くジャイアンツになるよう、少しでも力になりたいと思っております。みんなの先頭に立ち、模範になれるよう頑張ってまいります」
クライマックスシリーズで敗れてから12日。ベールに包まれていた「巨人軍第21代監督」がお披露目された。松井氏は約30分間の会見で14度、最愛の恩師の名前を口にした。巨人時代に監督、選手として師弟関係を築いた故長嶋茂雄さん。この日のスーツやドット柄のネクタイは13年に2人同時に国民栄誉賞を受賞した際、おそろいで新調した思い出の一着だった。新たな背番号「90」にも思いが込められた。長嶋さんが初めて監督に就任した1975年から6年間背負った番号であり、さらに存命であれば今年で90歳という。
「約束」は明かさなかった。昨年6月3日に長嶋さんが89歳で死去した翌日に緊急帰国して自宅を弔問した際、「長嶋監督と生前、約束したこともあります」と語り、話題になった。その真意を問われると「あの発言によっていろいろな憶測を呼び、当時のチームにすごく迷惑をかけてしまった。私の中では自主撤回しておりまして、皆さんがご自由に考察してください」と、師弟2人の心の内に秘めた。
2000年の日本シリーズでダイエーを下し、場内一周をする長嶋茂雄監督(左)と松井秀喜(55番)米大リーグに挑戦する前年の02年以来となる巨人のユニホーム。「本当は長嶋監督にもこの姿を見ていただきたかった気持ちはありました」。長嶋さんが生きていれば、どんな言葉をかけられたと思うかと問われると「『遅いよ』じゃないですかね。誰よりもこの瞬間を楽しみにしてくださっていたと思う」と感慨に浸った。
契約期間は3年。12年以来遠ざかる日本一に向け、チームの再建が託された。引退後はヤンキースGM付特別アドバイザーとして若手を指導しながら、巨人の春季キャンプ臨時コーチも今年まで5度務めた。ただ、常勤での指導歴はなく「そこが12球団の監督の中で一番劣っている部分であると自覚しています。選手とともに伴走し、一緒に成長していきたい」と一から学ぶ姿勢を見せた。
「ジャイアンツはV9以降、日本一連覇も恐らくないと思います。本当の意味での黄金時代はV9以来きていない。新たな黄金時代が訪れるよう、今日ここからスタートしていきたいと思っております」
白髪交じりの前髪の奥で、一瞬だけ目が覇気を帯びた。球界の枠を超えたスーパースターが扉を開ける新時代。〝松井ジャイアンツ〟が、プロ野球を変える。(谷川直之)
■松井 秀喜(まつい・ひでき) 1974(昭和49)年6月12日生まれ、52歳。石川県出身。星稜高で甲子園大会に4度出場。93年にドラフト1位で巨人入り。強打の外野手として「ゴジラ」の愛称で親しまれた。セ・リーグMVPに3度輝き、2003年に米大リーグのヤンキースに移籍。09年のワールドシリーズでは3本塁打で日本選手初のMVP。エンゼルスなどを経て12年限りで現役引退。通算本塁打は巨人で332本、大リーグで175本。13年には故長嶋茂雄さんとともに国民栄誉賞を授与された。18年に野球殿堂入り。右投げ左打ち。