歌丸さん 持ちネタ1000席超 無言で蕎麦食べ気難しい談志さんを笑わせる

[ 2018年7月3日 09:10 ]

桂歌丸さん死去

亡くなった落語家の桂歌丸さん
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 古典落語の本格派として知られた歌丸さんは、時代に置き去りにされ「埋もれてしまった噺(はなし)」を発掘し、高座にかけた。その持ちネタは1000席を超えていたと言われる。

 横浜市内の遊郭に生まれ、小学校の頃から落語を演じていたという落語の申し子。中学校3年生の時に、「ラーメン屋」など新作落語で人気を博した五代目古今亭今輔に入門し「今児」を名乗る。だが高座では古典落語ばかり演じていたことから、破門同然で兄弟子・四代目桂米丸門下へ移籍した。

 桂米坊に改名し、1964年(昭39)から桂歌丸を名乗る。新作落語を演じて人気を得た米丸は、ラジオ出演の際、ネタ作りをさせるなど歌丸さんを放送作家のように扱った。後に古典落語を現在の高座にかけるにあたって、噺を再構成する際にこの時の経験が生きた。

 65年に「笑点」の前身番組、「金曜夜席」がスタート。新鋭の落語家の中から「大喜利メンバー」のオーディションが行われた時、同番組を企画した立川談志さんの前で、無言で蕎麦(そば)を食べる“芸”で気難しい談志を笑わせ合格した。

 「笑点」メンバーとして活躍する一方、高座での落語に全力投球した。入退院を繰り返したが、病床には常に落語の関連書籍を置いた。「師匠は寝ても覚めても落語のことしか考えていなかった」とは二番弟子・桂歌助の話だ。

 古典落語の人情噺、郭(くるわ)噺などレパートリーは多岐にわたり“落語の祖”ともいわれる三遊亭円朝の怪談話も得意とした。

 歌舞伎に造詣が深く日本舞踊にも通じていたことから、滑舌のよい口跡と噺の登場人物の動作をリアルにみせるきめ細かいしぐさで聴衆を魅了した。幼いころ遊郭で女性に囲まれて育った体験からか「歌丸が演じる女性は色っぽい」との評価もあった。また酒を飲まなかったが「私は酒飲みを観察していましたから」と酔っぱらいが登場する話もうまかった。

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