【売野雅勇 我が道24】どこにもない色や匂いを放つ歌詞 坂本龍一と生んだ「代表曲」

[ 2025年8月25日 07:00 ]

坂本龍一のアルバム「スムーチー」のジャケット

 自分の代表曲を挙げれば、1995年に坂本龍一さんに書いた「美貌の青空」です。僕は40代半ばで、これまでのキャリアの中で最も脂が乗っている時期。経験を重ねどこにもない色や匂いを放つ歌詞を書くことができているという自信がありました。もちろん坂本龍一という素晴らしい音楽家からの触発や影響もあります。

 坂本さんにお会いしたのは前年の94年。僕がホストを務めていたFM福岡の番組にゲストで来てくれたことが始まりでした。作詞の依頼があったのは翌年2月。会うのは2度目でしたから驚きました。

 坂本さんがプロデュースし、ダウンタウンがGEISHA GIRLS名義で歌う曲と聞き、坂本さんがいる都内のスタジオに向かいました。アコースティック・ギターとエレクトリック・ピアノで奏でられた品の良い優しい曲。「少年っぽいイメージがいいかなって思っているんだけど」という提案に納得しました。

 ニューヨークから一時帰国中だった坂本さんの予定に合わせ、締め切りは翌日。「本能のまま書いてください」と言われて、僕はタイトルを「少年」と決め、最初の2行を夜の野球場の遠景から始まる物語を書き出しました。

 完成した歌詞をファクスで送ると、フォーライフのディレクターから坂本さんが「それが、いいんだよ」と喜んでいると連絡がありました。夜、スタジオに行くと坂本さんが「さすが!!」と出迎えてくれて握手をしました。

 そして同じ年の夏、今度は坂本さん自身のアルバムの依頼が来ました。坂本さんと一緒に聴いたデモは歌詞は不要と思えるくらい美しい曲でした。この旋律に選ばれた言葉を探すこと。それが僕の使命と感じました。そして完成したのが「美貌の青空」でした。坂本さんの傑作アルバム「スムーチー」に収録されました。自分の代表作のひとつだと思います。

 その後、坂本さんが中谷美紀さんと組んだユニット・中谷美紀 with 坂本龍一のために「砂の果実」などの詞も書きました。当時、坂本さんが「どうして売野さんはあんな歌詞が書けるんだろう?」と不思議がっていたとマネジャーから聞いたことがありました。坂本さんのお父上は三島由紀夫を見いだした伝説の編集者で、本人も読書家でした。たくさんの言葉を知っている坂本さんがそんなふうに感じてくれたことはうれしいことでした。

 エモーションから生まれた旋律にこちらも感情で応える。繰り返し聴きながら坂本さんの魂がささやくご自身も気づかない“魂の言葉”をキャッチしていたのだと思います。

 ◇売野 雅勇(うりの・まさお)1951年(昭26)2月22日生まれ、栃木県足利市出身の74歳。企業のコピーライターなどを経て、81年作詞家に。中森明菜「少女A」、チェッカーズ「涙のリクエスト」、郷ひろみ「2億4千万の瞳」などのヒット曲を生み出した。これまでに1500曲以上の歌詞を制作。2026年に活動45年の節目を迎える。

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