【岸本加世子 我が道20】伊東の思い出と「菊次郎の夏」 ビートたけしの優しさ…生涯この感謝は忘れない

[ 2025年11月21日 07:00 ]

女優業も順調。83年夏、スポニチさんのインタビューに応じた時の一枚です。懐かしい
Photo By スポニチ

 ビートたけしさんと初めて仕事をしたのは「刑事ヨロシク」というドラマです。たけしさん演じる型破りな刑事が主人公で、警察に新設された「少年特捜班」に配属された刑事たちが巻き起こす騒動をギャグ満載で描いた異色作でした。

 1982年5月16日から3カ月、TBS系列で毎週日曜日の午後8時から放送されましたが、ちょうど漫才ブームが押し寄せた頃でしたから、たけしさんに寝る時間なんてなかったはず。スタジオに入る前に点滴を打って撮影に臨んでいたのを覚えています。

 忙しすぎて台本に目を通し、セリフを覚える暇もないたけしさんにはピンマイクを着けて「全部アドリブでいいから」という演出が行われていました。

 それから8年、私が主演した「美空ひばり物語」が放送された4日後の90年1月3日に母が永眠。ショックでショックで、「もう喜ばせる人もいなくなっちゃった…」と女優なんてもう辞めると思っていた時です。

 たけしさんが「加世子ちゃん、ちょっと行かねえか」と誘ってくださいました。その頃、たけしさんは静岡県の伊東にマンションを持ってらして「軍団も行くから加世子ちゃんも行かないか」と。

 お言葉に甘えて、泊まりがけで連れて行ってもらいました。別荘のそばに今井浜(河津町)という海岸があって、そこでバーベキューパーティーが始まりました。もちろんわざとなんですが、軍団さんが「殿、お肉を忘れました」と、おとぼけをかましながら鉄板の上にゴム草履を置いたりして笑わせてくれました。

 海岸通りは片道一車線で大渋滞。皆さんが海水浴を終えて、小さなバン(自動車)の中で水着から普通のパンツにはき替えてましたが、わざと着替えの途中で降りて渋滞の中を右往左往。近くにあった小さい岩の頂上に立って「自由の女神」のまねごとまで…。そうやって笑わせ、元気づけてくれたんです。

 今や「映画監督・北野武」として世界中にファンを持つたけしさんですが、この時の伊東での光景は、北野監督が99年に発表した「菊次郎の夏」と重なります。

 生き別れた母を捜す少年と不良中年男のひと夏の旅を描いたロードムービー。旅の途中途中で少年を元気づけるために登場人物がスイカになったりして笑わせるじゃないですか。この構図が全く同じ。ですから「菊次郎の夏」を見るたびにあの時のことを思い出して泣けてきちゃうんですよ。

 母の死で落ち込んだ私を元気づけてくださった2日間。たけしさんの優しさが身に染みて、生涯この感謝は忘れません。

 ◇岸本 加世子(きしもと・かよこ)1960年(昭35)12月29日生まれ、静岡県島田市出身の64歳。77年、テレビドラマ「ムー」で女優デビュー。以降、テレビ、舞台、映画、CMなどで幅広く活躍。ドラマ「あ・うん」、舞台「雪まろげ」、北野武監督の映画「HANA―BI」「菊次郎の夏」など代表作多数。著書に小説「出てった女」、エッセー「一途」など。

続きを表示

この記事のフォト

「ビートたけし(北野武)」特集記事

「美脚」特集記事

芸能の2025年11月21日のニュース

タグ内の最下位に記述をオススメします ここから-->