徳光和夫 アナウンサーよりも先に憧れた職業明かす 高校時代に家出同然で弟子入り志願の過去

[ 2025年12月16日 15:59 ]

徳光和夫
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 フリーアナウンサーの徳光和夫(84)が15日放送のBS12トゥエルビ「鶴瓶ちゃんとサワコちゃん~昭和の大先輩とおかしな2人~」(月曜後9・00)にゲスト出演。小学校時代から高校生まで憧れていた職業を明かした。

 昭和23年、小学校に入学。「小さい頃から落語が好きで」と徳光。「、僕たちのあの子供の頃はラジオ。で、(落語を)ラジオで聴いて、小学校5年生ぐらいの時にはもう『明烏』なんか全部覚えましたですね。だから落語の口調で先生と応対してたこともある。“これを答えてみろ”なんて言うと、その時に“わたくしをおさっしになる!?”みたいな。そんなことやってたんです。嫌な子ですよね、先生にふざけながら」と苦笑した。

 それほど、落語に「ハマっていた」といい、「だから本当は落語家になりたかったです、高校生時代」と落語家に憧れていたことを明かした。

 「柳家小さん師匠の目白でしたかね、お宅の前を行ったり来たり、行ったり来たり。行ったんです、家を離れて家出同然で」と回顧。「高校1年生か2年生ぐらいの時だと思うんですけども、そしたら、たぶん(小さんの弟子)鈴々舎馬風さんっていう方だと思うんですけども。怖そうなデカい人が“坊や、何しに来たんだ?”って言うから、“噺家になりたくて小さん師匠のお弟子さんになりたいんです”って言って。それで“ちゃんと家には断ってきたのか?”って言うから、“家をちょっと出てきました”って言いましたら、“それは坊や、ダメだ。ちゃんと大学行きなさい”と。それで、自分もやっぱり自信がなかったんで、気が弱かったんで、そのまま受験をすることになって。その後に長嶋さんのホームランを見るわけですよ」と話した。

 その後、長嶋茂雄さんに憧れ、長嶋さんの母校である立教大学を受験することに。「(長嶋さんのホームランを)僕が見たのは昭和32年の11月3日。神宮球場で、対慶應戦。当時は六大学野球のほうが盛んですから、プロ野球より。そこでホームラン打って、それが大学新記録ってわかるわけですよ、当時の。で、サードベースを回って、三塁コーチボックスにいた仲間と肩を組むような感じでホームインする。それを正面から見ておりまして、“ああ、この人の後輩になりたい”と。野球で、もう明るさがこうこうと輝くような人は今まで見たことない。六大学野球ってホームランバッターはいたんですけども、打たれたピッチャーに失礼だからって全力でダイヤモンドを一周するっていうのが大学野球の常だった。新記録だったので長嶋さんはその時、小躍りしたわけでしょうね。ストライプのユニフォームが似合ってね。僕、長嶋さんオーラがあるって言うじゃないですか。オーラの1号はあれじゃないかなと思ってますね。あの時のホームランのね」と懐かしんだ。

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