片岡仁左衛門 大阪松竹座に別れも「必ずもう一度、この道頓堀に松竹座の櫓が上がると確信」

[ 2026年5月26日 21:29 ]

千秋楽を迎えた公演であいさつする片岡仁左衛門さん(中央)(26日午後8時34分、大阪市中央区の大阪松竹座で)=代表撮影
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 老朽化による解体のため閉館する大阪松竹座で26日、最後の公演「御名残五月大歌舞伎」が千秋楽を迎え103年の歴史に幕を閉じた。

 同公演のために作られ、上方歌舞伎の代表的なシーンをつづった「當繋藝招西姿繪(つなぐわざおぎにしのすがたえ)」で最後を締めくくり、カーテンコールでは同作を監修した片岡仁左衛門(82)が登場。
 「あまりの高額の入場券…」と笑わせながら「心配しておりましたが、(最後の)2カ月連日大入りがかないました。松竹座、道頓堀の底力を感じることができました」と感謝した。

 「江戸時代から続いた芝居の街。これは決して今日で終わるわけではございません。必ずもう一度、この道頓堀に松竹座の櫓が上がると確信しております」と続けると割れんばかりの拍手が起こった。

 4月に上演した「寺子屋」の松王丸、今月「盛綱陣屋」の佐々木盛綱と大役続きだった自身にも触れ「体力がもつかどうか心配しましたけれども、松竹座に感謝の気持ちを持ちまして頑張らせて頂きました。オーバーヒートして…という時もありましたが、醜態を見せずに幕を下ろすことができました」などと振り返った。

 最後は大阪締めに加え、手ぬぐいを客席にまくサプライズも。いつまでも鳴りやまない拍手に「この拍手は私たちに、ではなく松竹座に拍手してやってください」と劇場にも敬意を払い「(舞台上の)写真も撮って頂いて結構です!」と大盤振る舞いで幕を閉じた。

 大阪松竹座は1923年、大阪初の本格的洋式劇場として誕生。映画館から97年2月、舞台専用劇場として生まれ変わった。この際も“道頓堀の凱旋門”と言われたネオ・ルネサンス洋式の正面外観は保存され、道頓堀のシンボルとして親しまれてきた。
 約400年の歴史を持つ道頓堀は芝居街としても栄え、同所にあった5劇場を総称して「道頓堀五座」と親しまれた。しかし、これで五座の流れをくむ劇場はすべて姿を消すことになる。同劇場は閉館後、解体工事に着手することも決まっている。

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