ポール・マッカートニー ときめきの新譜「ダンジョン・レインの少年たち」

[ 2026年6月1日 08:30 ]

ポール・マッカートニー(C)2026 Mary McCartney
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 【牧 元一の孤人焦点】胸がときめく。華麗なメロディーだ。彼の身体の中にまだこんな素敵な楽曲が宿っていたのか。これまで数百作も世に出してきたのに。天賦の才。それを改めて感じる。ポール・マッカートニー(83)のニューアルバム「ダンジョン・レインの少年たち」の11曲目「ライフ・キャン・ビー・ハード」は新たな佳曲だ。

 この曲は厳しい日々の中で心を癒やしてくれる女性の存在を歌っている。人生の機微を感じ取る男性のラブソングだ。曲調はジャズのようでもあり、古い映画音楽のようでもある。ザ・ビートルズ時代から長くポールの曲を聴いてきた人なら、どこか懐かしさを感じるかもしれない。私は「ユア・マザー・シュッド・ノウ」(1967年)を思いだした。

 「ダンジョン・レインの少年たち」は聴きどころ満載のアルバムだ。まず1曲目「アズ・ユー・ライ・ゼア」が強烈。曲は静かにゆったりとスタートする。一度しか会ったことのない人への思いを歌っている。落ち着いたバラードの印象だ。このアルバムの説明に「キャリアにおいて最も内省的な作品」とあるるから、80歳を超えたミュージシャンの達観に満ちた曲の集合体の一つと想像した。激しさではなく穏やかさ、動ではなく静…。

 ところが、その想像は良い意味で裏切られた。「アズ・ユー・ライ・ゼア」は間奏を境にハードロック調に転じる。ポールはそれまでの柔らかな歌声を捨てて硬い声でシャウトする。それは実に野太い。私は「オー!ダーリン」(1969年)を思いだした。「アズ・ユー・ライ・ゼア」には激しさ、動が内包されているのだ。次の間奏で再びバラード調となり、そしてまたハードロック調に移行する。二重構造の楽曲。振り返ってみれば、このような複雑な作品をビートルズやウイングスを通じて幾度となく聴いてきた。ポールの得意技の一つだ。5曲目「マウンテン・トップ」も終盤の急展開が面白い。

 ビートルズのメンバーの要素が含まれていることがこのアルバムの魅力の一つだ。3曲目「デイズ・ウィ・レフト・ビハインド」はジョン・レノン。歌詞の中に「フォースリン・ロードで出会い 誰にも明かさない秘密の合図を作った」(対訳はザ・ビートルズ・クラブ翻訳室、以下同)という言葉がある。ジョンとの秘密の合図とは何だろう。興味を抱かせる。この曲は3月に先行配信されたリード曲だが、アルバム計14曲の中で最も現在の等身大のポールが感じられる。聴いていて、ふに落ちる。ビートルズの頃のようにジョンがポールの良さを引き出したのかもしれない。ちなみに、9曲目「ネヴァー・ノウ」の曲調と冒頭の歌声に私はジョンっぽさを感じた。

 6曲目「ダウン・サウス」はジョージ・ハリスン。歌詞に「朝のバスが、僕ら二人の待ち合わせ場所だった」という言葉がある。アコースティックギターの弾き語りが温かく心地よい。途中で「ツイスト・アンド・シャウト」という曲名が出てくる。ビートルズのデビューアルバム「プリーズ・プリーズ・ミー」(1963年)でジョンのボーカルによってカバーしたスタンダードナンバーだ。この曲名に続けて「Oh yeah,oh yeah」とポールが歌うのを聴くと自然に頬が緩む。

 10曲目「ホーム・トゥ・アス」ではリンゴ・スターとのデュエットを聴くことができる。リンゴの生まれ育った地域をモチーフに作った曲。試作音源をリンゴに送ったところ、わずかにコーラスを足しただけの音源が戻って来たため「気に入らなかったのかなと思った」とポール。改めて「君の歌が聴きたいんだ」とデュエットを依頼し、完成にこぎ着けたという。曲調にはリンゴっぽい朗らかさがあり、私は「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」(1967年)を思いだした。ポールとリンゴのデュエットは希少で、「アクト・ナチュラリー」(1965年)のサビのハモリくらいか…。いずれにせよ「ホーム・トゥ・アス」は貴重な一曲。年を重ねた二人の声が優しく溶け合っている。

 アルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」(1967年)に収められた「ホエン・アイム・シックスティ・フォー」を初めて聴いた少年時代、自分が64歳になるなんて全く想像もしなかった。その年齢が1年半後に迫ってもなおポールの楽曲を愛聴し続けていることに驚く。しかし何より、ポールがその年齢を超えてからおよそ20年たった今も、実り豊かな新作を世に送り出し、私の心を揺さぶることに驚愕を覚える。その才能に畏れを感じる。こんなミュージシャンはほかにいない。不世出。唯一無二だ。

 ポールとともに今を生きる私たちは、後世に残るであろう音楽史の重要な一部分を現在進行形で体感することができる。私はそれをとても幸せなことだと思う。

 ◆牧 元一(まき・もとかず) スポーツニッポン新聞社編集局文化社会部。テレビやラジオ、音楽、釣りなどを担当。

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