菰野高時代の西勇輝(2008年8月8日撮影=第90回全国高等学校野球選手権記念大会) 阪神・西勇輝投手(35)の現役最後の登板に際し、三重・菰野高時代の恩師、戸田直光監督(64)がサンケイスポーツに手記を寄せた。「絶対当てない」とパイプ椅子めがけて投げ込んだ特訓の日々や、グラウンドを走り続けた高校時代。ファンに愛された〝笑顔の右腕〟の原点を振り返った。
菰野高・戸田直光監督西、現役生活お疲れさまでした。「もっと長くやってほしい」という思いはありました。でも、18年間、本当によく頑張ったと思います。
正直、高校時代の西が、ここまで長く活躍して、これほど素晴らしい成績を残すとは思っていませんでした。入学時から「プロになれる」と感じていたわけでもありません。2年生になって、ようやくピッチングができるようになってきて、3年生の春頃には140キロを投げるようになりました。その頃から「卒業後にプロを目指せるのではないか」と思うようになりました。
西といえば、やっぱりコントロールです。あれは天性のものだったと思います。自分の感覚が良かったのでしょうね。高校時代から、どうすればコントロールを良くできるか、自分なりに工夫して練習していました。
今でも印象に残っているのが、コントロールを良くするために自分で考えたブルペンでの練習です。ホームベースの上に壊れたパイプ椅子を置いて、当てないように背もたれと座面の間に投げこんでいました。「先生、僕、絶対当てないですから」と言って始めたのですが、見ていたら当たっていました(笑)。「ほら見ろ。キャッチャー大丈夫か?」と言ったのを覚えています。
走り込みも本当によくやっていました。最近の子はあまり走らないので、今でも「西は走り込みをしっかりやっていたぞ」と部員たちには話しています。午前中に走って、午後も走る。2時間でも4時間でも、グラウンドの端で短距離走を繰り返していました。それくらい練習する選手でした。
高校時代から笑顔が多かったですね。プロに入ってからも笑顔の多い選手ですが、高校時代はもっと多かったです。逆に、西が笑っていないと心配になるくらいでした(笑)。あの笑顔は、周りの選手にもいい影響を与えていたと思います。
何年か前に「ボロボロになるまでやるのではなく、ある程度余力を残した状態で引退したい」と本人から聞いたことがありました。今年1月にも母校へ来て、少しランニングをしていました。その時は「もしかしたら今年で…」という思いもありました。
だから、引退を聞いたときは「ついにこの時が来たか」という感じでした。18年間、本当によく頑張りました。まずは「お疲れさまでした」と伝えたいです。
まだ35歳ですから、これからセカンドキャリアもあります。今度はまた違う場所で、西らしい笑顔を見せてほしいと思います。そして、一段落ついたら、また母校にも顔を出してくれたらうれしいですね。(菰野高・野球部監督)