ガッツ石松さん 生前に語った「過去の貧困」 貧しく不良少年だった過去が原動力「将来は東京さ行って…」

[ 2026年6月11日 15:56 ]

1975年2月27日、WBC世界ライト級タイトルマッチで同級1位のブキャナンを判定で破りガッツポーズで勝利をアピールするチャンピオンのガッツ石松
Photo By スポニチ

 元プロボクサーでタレントのガッツ石松(本名・鈴木有二)さんが2日、肺炎のため死去した。76歳。元プロボクサーで、タレント、俳優としてマルチに活躍し、昭和期を代表する人気タレントとしてお茶の間に愛された一方で、少年時代は貧困にあえぎ不良少年だった過去を持つ。ガッツさんはスポニチ本紙の連載「我が道」で、本紙にその半生を打ち明けていた。

 三度笠に合羽姿でリングイン。ユニークな出で立ちとは裏腹に、強力な左ジャブを軸とする正統派のスタイルで世界の頂点に上り詰めたガッツさん。ガッツさんが試合後に両手を突き上げて喜ぶ姿は「ガッツポーズ」の語源となるほどで、後世に多大な影響をもたらした。

 ガッツさんは、1949年6月5日に栃木・上都賀郡粟野町(現鹿沼市)に誕生。貧しさにあえぎ、地元では札つきの不良だった。生家は「掘っ立て小屋みたいな家」だといい、「貧乏というか、なーんもなかった」と告白。両親ともに仕事にでていたため、幼少期から家事を行っていたと言い「だいたいの料理は今でもできる。包丁なんて使わせたらうまいよ」と笑みを浮かべていた。

 だが時には米が足らなくなるほど貧しかったという。そんな中、不良少年として悪名を轟かせていたが、学校や他の子の親に頭を下げる両親を見て改心した。「将来は東京さ行って、あの雨漏りをする家を、風の吹き抜ける家を直してやるんだ、父ちゃん母ちゃんに腹いっぱい飯を食わせてやるんだって。そう考えてたね」と振り返った。

 その言葉通り、ガッツさんは努力を重ねボクシングの道に進んだ。だが16歳でヨネクラジムの門を叩いてからも、ガッツさんの雌伏の時代はしばらく続いた。しかし72年、長女の誕生をきっかけに一念発起。74年に3度目の世界挑戦で王者に輝き、あの「ガッツポーズ」が誕生した。

 天然ボケとユニークなキャラクターが表の面だが、本紙には、不断の努力と理知的な思考を随所にのぞかせる裏の面も見せていた。

 人生の光も影も味わった。リングで負けてもへこたれず、成功を収めてものぼせない。そんなガッツさんは、タレントとしてもお茶の間に親しまれた。78年に現役を引退後は、俳優・タレントへ転身。NHK連続テレビ小説「おしん」、ドラマ「北の国から」、映画「太陽の帝国」「ブラック・レイン」などに出演し、バラエティー番組でも活躍。「OK牧場」のギャグでも愛された。

「美脚」特集記事

「【VIVANT考察】最新ニュースを随時更新」特集記事

芸能の2026年6月11日のニュース

広告なしで読む
タグ内の最下位に記述をオススメします ここから-->