バズるより、目の前の一人を――Palette Parade 山﨑悠楓 「オールドルーキー」に重ねた何者でもないアイドルの生き様

[ 2026年7月27日 12:05 ]

【画像・写真2枚目】「360度の生き様」へ――Palette Parade 山﨑悠楓 まばたき一つに宿すアイドルの覚悟
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 涙で顔が崩れてもいい。泥臭くてもいい。ステージで選ぶのは、整ったアイドル像よりも目の前の一人を動かすための表現だ。21日にニューシングル「夏がほどく夜」をリリースした「Palette Parade」の山﨑悠楓。ソロインタビュー3部作の第2部では、グループの中で担う役割と、ライブに懸ける思いに迫る。(「推し面」取材班)

 スマートフォンの画面に、ステージ上の姿が映る。ファンの人にも見てもらおうと思い切り抜いた過去のライブ動画。山﨑はそれを何度も見返す。歓声の奥で、声の伸び方、表情の残り方、曲の温度がどう届いているかを確かめる。

 「ここの歌い方ダメだったな、と思ったら、家ですぐにその場で練習します」

 客席からの映像は正直だ。照明の中で輝いたつもりの一瞬も、画面に残ればごまかせない。けれど、その厳しさを怖がるより、次のステージへ持っていく材料にする。山﨑にとってファンは、ただ応援してくれる存在ではない。ステージを一緒に育ててくれる人たちでもある。

 Palette Paradeは、言葉と表現を大切にしてきたグループだ。明るい曲にも、胸の奥に触れる影がある。笑顔で駆け抜けるだけではなく、悩みや不安を抱えた人の背中に、そっと手を添えるような歌がある。

 「パレパレは、悩んだり苦しい時に背中を押してくれる、前に進むための何かをくれるグループです」

 15秒で魅力を伝えるなら、そう言うと決めている。短い言葉だが、そこにはグループの核がある。かわいい、楽しい、盛り上がる。それだけでは終わらない。ライブには、観客の胸の内側に残っていた言葉にならない疲れを、曲の途中でふいに揺らす温度がある。

 その中で、自分らしさを一番出せる曲として挙げたのが「オールドルーキー」だった。

 「何者でもなかった主人公が物語を進めていくという内容で、私も何者でもない自分がパレパレの中で生きていくという部分で重なるところがあります」

 ファンからも「悠楓の歌だね」と言われることが多いという。誰かに最初から名前を与えられていたわけではない。ステージの中で、歌いながら、踊りながら、少しずつ輪郭を得ていく。その歩みが、曲の主人公と重なる。

 特に大切にしているのが、Cメロのセリフのような掛け合いの部分だ。「まだいけるか」「もう無理だよ」「認めちまえ」「恥ずかしいよ」と、迷いと踏ん張りが交互に顔を出す。苦しい時は、相手の手を握る。肩に触れる。打ち合わせで決めすぎるのではなく、その時の感情で動きが変わる。ステージの上で、山﨑は歌をなぞるのではなく、その場で起きている物語として生きようとする。

 その表現は、整いすぎていないところに熱がある。感情が入りすぎて、涙が流れることもある。顔が崩れるほど曲の中へ潜っていくこともある。ステージ上の表情が、かわいく見えるラインからはみ出していく瞬間がある。

 「可愛いアイドルさんはたくさんいますが、泥臭くてもいいと思っています」

 きれいに笑うことより、曲の中で生きることを優先する。涙を隠しきれない顔も、ぐしゃっとした表情も、ファンは「いい表現だね」と受け止めてくれる。だから、ステージで恐れすぎない。かわいさを捨てるのではなく、かわいさの奥にある人間らしさまで差し出している。

 その姿は、グループ全体にも良い波紋を広げている。母から、忘れられない言葉をもらったことがある。

 「パレパレに入ったことでメンバーの表現の幅もグッと上がったと思うよって」

 その言葉を、自分だけの手柄として抱え込むことはしない。山﨑が理由ではなかったとしても、グループ全体がレベルアップしていく環境にいられることがうれしい、と話す。誰か一人の熱が、隣の表情を変える。隣の変化が、また次の歌を変えていく。Palette Paradeのステージには、そうした連鎖の明るさがある。

 その連鎖を、グループはライブで太くしてきた。

 「SNSでバズったり注目されたりするのが少し苦手な部分があるので、だからこそライブのパフォーマンスという強くなれる部分を徹底的に極めようと思って活動してきました」

 今の時代、バズは大きな力を持つ。短い動画で見つかり、数字が広がり、名前が届く。けれど、Palette Paradeはそこだけに賭けていない。目の前の一人を震わせること。ライブハウスの空気を変えること。ステージを見た人が、帰り道に少しだけ背筋を伸ばせること。そこを磨いてきた。

 ツアーファイナル前には、路上でティッシュ配りもした。少しでも興味を持ってもらえるように必死で声をかけたという。ステージ上の光だけがアイドルではない。街角で受け取ってもらえるか分からない一瞬にも、グループを届ける仕事はある。

 「私たちのステージを見れば絶対に心が動かされるはずです、と伝えました」

 その言い切りは、強がりではない。動画を見返し、歌を直し、ライブで試し、また磨く。地味な反復の上にしか立てない言葉である。

 イメージカラーはオレンジ。明るく照らす色であり、夕暮れの切なさも抱ける色だ。だが、最初からその色を自分のものとして受け入れていたわけではない。

 もともと自分に似合う色は「緑」だと思っていたという。山育ち。オーディションの頃には「草原ガール」と呼ばれたこともあった。本人の口元に、少し照れた笑いが浮かぶ。自然の中で育った感覚からすれば、緑の方がしっくりきた時期もあった。

 「だから緑でも良かったなと思う瞬間はあったのですが、オレンジ色だからこそ周りを明るく照らすことができると気づいてからは、このオレンジという色に誇りを持っています」

 客席で揺れるオレンジの光は、ただの目印ではない。泥臭くても、涙で顔が崩れても、真正面から曲を届けようとするステージを、ファンが見つけてきた証である。

 「ファンの方もオレンジのペンライトを振って応援してくれるので、それに恥じないパフォーマンスをしたいです」

 緑だと思っていた自分が、今はオレンジの光に背中を押されて立っている。その色は、笑顔をただ明るく見せるためだけにあるのではない。暗い客席の中で、誰かの心を少し照らすためにある。

 バズでは測れない熱、数字だけでは残らない表情がある。Palette Paradeのライブで山﨑悠楓が差し出しているのは、完璧に整えられたアイドル像ではない。何者でもなかった主人公が物語を進めるように、泥臭く、まっすぐに、目の前の一人を前へ進ませようとする生身の歌である。

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