金子賢「今でもアイツらのことは恨んでる」 2005年の大みそかに格闘技デビューを果たした舞台裏激白

[ 2026年9月2日 18:22 ]

05年大みそかに格闘技デビューした金子賢(左)
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 俳優の金子賢(49)が、2日までに更新された元K-1世界王者でタレントの魔裟斗のYouTubeチャンネルにゲスト出演。2005年の大みそかに格闘技デビューを果たした舞台裏を明かした。

 27年来の友人関係である両者。魔裟斗から「なんで格闘技に挑戦したの?その前に柔術をやってたんだっけ?」と切り出した。

 金子は「23歳の時に柔術に行ったら面白くて、週1回が週5~6回行くようになったら(周りから)“センスあるよ!”と楽しいから乗せられた」と振り返り、当時出演していたテレビ番組のプロデューサーが格闘技イベント「PRIDE」の関係者だったことから「賢君(PRIDEに)出れるよ!」と勧誘を受けたことを明かした。

 金子は当然ながら何度もオファーを断っていた。しかし当時、俳優としてドラマの主役を目指していたものの、トラブルにより良いドラマの出演がなくなってしまった。同時に俳優としてやりたいこともなくなり、心も気持ちも折れてしまったという。

 そんななか、再び格闘技のオファーを受けた際に「やりたいことをやりたい」という思いになり、ドラマを全て降板して格闘技デビューを決断。当時の事務所とは「3年間は好きにしていいよ。3年後には俳優として戻って来なさい」と約束を交わした。

 そして格闘技デビュー戦が2005年の大みそか「PRIDE男祭り」に決定。

 金子が提示したデビュー戦の条件は1つだけだった。「俺は今まで寝技をやってきてて、打撃なんてできないからバックボーンは立ち技の人にしてくれ。そうじゃないと勝機がない。そうじゃないとやらない」と関係者にお願いしていた。

 番組のプロデューサーであるPRIDE関係者も「賢君、分かったよ!」と快諾。それを受けて金子は、当時PRIDEで活躍していたヴァンダレイ・シウバが所属していたブラジルの「シュートボクセ・アカデミー」に出稽古へ行った。

 ところが帰国してみると、決定したデビュー戦の相手は「暴れ馬」の異名を持ったチャールズ”クレイジー・ホース”ベネット。バックボーンは「立ち技」ではなく「レスリング」で、まるでだまし討ちのように条件とは違う相手が用意されてしまった。

 早急に関係者に連絡したものの、番組プロデューサーからは「賢君、もうレールの上に乗ってるから。もう根性決めなきゃ」という返事。結局そのまま大みそかのデビュー戦に臨んだが、1ラウンド4分14秒、腕ひしぎ逆十字固めによる一本負けを喫した。金子は「今でもアイツらのことは恨んでる」と回想した。

 魔裟斗は、当時の格闘技バブル特有の「“紅白を倒せ!”という合言葉で、視聴率のためなら何でもあり」という非情な裏側を明かした。

 実際、金子が出場した試合では格闘技中継のフジテレビ、TBSを通じて最高となる瞬間最高視聴率27.7%を記録した。

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