ファンキー加藤が明かす、絶頂期にファンモン解散した3つの要因 モン吉「大きな流れ止められなかった」

[ 2026年10月21日 11:53 ]

「FUNKY MONKEY BABY'S」のファンキー加藤(左)、モン吉

 音楽ユニット「FUNKY MONKEY BΛBY'S」が20日深夜放送の日本テレビ「夜の音」(火曜後11・59)に出演。人気絶頂の2013年に解散した真相を語った。

 2006年にファンキー加藤、モン吉、DJケミカルの3人で「FUNKY MONKY BABYS」としてデビュー。“ファンモン”の愛称で親しまれ、ストレートなエールがファンの胸を揺さぶってきた。13年に解散したが、21年に音楽番組で一夜限りの復活。その5日後に、ユニット名表記を変更し加藤とモン吉2人体制での活動再開を発表した。

 応援歌を歌い続ける理由について、加藤は「中学1、2年のときにいじめられてた時期があった」と切りだした。「よく長渕剛さんとかTHE BLUE HEARTSさんを聴いて、どうにか折れそうな心をつなぎ止めてた。音楽はそういう力を与えてくれるというのが僕の中に大きな軸としてあった」と力を込めた。

 熱い応援ソングでヒットを連発する中、13年に解散を発表した。加藤は「ずっと長く応援歌を歌っているので、人を励ます言葉がなくなる瞬間も…」と吐露。「この言葉かっこいい、このワードは心温まるなっていうストックがたくさんあったんですけど、それが切れた瞬間があった」と明かした。

 ちょうどそのころ、「DJケミカルがいよいよ住職に…ってタイムアップの期限が迫ってた。住職されてるお父さまが高齢になってきて、元気なうちにバトンをもらわないと、と」。始動時からケミカルがいずれ抜けることは決まっていたというが、普段のはじけっぷりから「お前ほんとになるの?っていうがあった」と加藤は苦笑いした。

 加えて、「チームとしてのスタミナも…。デビューから短距離走者のように走ってきたので」とも。「歌詞も書けなくなってきた、チームのスタミナもない、DJケミカルもいよいよ住職にならなきゃいけない」という3つの要因が重なり、解散を選択したと説明した。

 モン吉は「どうにか解散を防げたらな、といろいろ考えたり話を振ったりはしたんですけど、大きい流れを止められなかった」と回想した。

 加藤も当時の話し合いについて、「ケミカルは“僕がいなくなることで…申し訳ないです。なんとか継続できないですか”と言ってましたね」と思い返した。「でもファンモンで何を思い浮かべるかと言ったら、DJケミカルも大きなものだったので。一旦ゴールテープだと」と決断の経緯を振り返っていた。

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