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星野監督が番記者に「オレのミス」岩瀬の原点となった“痛恨の初登板” そこから前人未到の1002試合407セーブ

2025年1月21日 12時01分

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立浪に声をかけられるプロ初登板の岩瀬(右)=1999年4月2日、ナゴヤドームで

立浪に声をかけられるプロ初登板の岩瀬(右)=1999年4月2日、ナゴヤドームで

龍の背に乗って・特別版~岩瀬仁紀 殿堂入りへの軌跡(中)
 当時の本紙紙面には20行あまりの雑観記事に、岩瀬の「借りは絶対に返します」という短いコメントが載っていた。試合の詳細を伝えるテーブルには、失策がからんだため自責点こそないが、防御率の欄は計算不能を示す横棒が引かれている。
 「自分の体なのに自分じゃない。そんな感覚だったのは覚えています」
 1999年4月2日の広島戦(ナゴヤドーム)。開幕戦でデビューした。しかし、1点リードの6回2死二塁から前田智徳、江藤智、金本知憲に3連打を浴びて、ベンチは交代を告げた。ルーキーとはいえ痛恨の失敗。記事が小さいのは、直後に打線の奮起で再々逆転して、チームが勝ったからである。26年たった今も、岩瀬が鮮明に覚えていることがある。監督の星野仙一が番記者に残したコメントだ。
 「オレのミスをよう取り返してくれたよ」。今のように試合後すぐにインターネットでコメントが伝わる時代ではない。岩瀬は翌日の紙面を読んで知った。
 「あぁ、僕を使ったことを監督にミスと言わせてしまったんだなって」
 以降1001試合も投げた岩瀬が、この試合を「僕の原点」と話すのは文字通りの1試合目だったからだけではない。
 「その先に結果を残せるようになっても、うまくいかないことはあった。そんなときに初心、原点に帰ることができたのはあの試合の悔しさ、情けなさがあったから。帰りやすかったという意味では、最初に打たれたからですよね」
 球史を書き換えたアイアンマンは、歴代監督の自分へのコメントを注意深く確かめてきた。
 「僕たち(リリーバー)は監督に迷わせたり、ミスだと言わせちゃいけない。落合さんは『岩瀬を出すまでがオレたちの仕事』と言ってくれた。僕を最も高く評価してくれた監督だし、だからこそこちらにも責任があったんです」
 前人未到の1002試合、407セーブ。その「原点」は、ミスだと言わせてしまった初登板にあった。=敬称略

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