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映画を楽しんだ記憶、今も鮮明に 復活したスクリーンは孫とともに

2025年4月18日 05時05分 (4月19日 14時53分更新)

【連載】スクリーン復活 東濃映画館ものがたり
 
 21年ぶりに、東濃地方に映画館が戻ってくる。土岐市のイオンモール土岐に18日、コンパクト型シネマコンプレックス「イオンシネマ土岐」がオープンする。かつて、東濃5市(多治見、土岐、瑞浪、恵那、中津川)にはいずれも映画館があり、映画文化が花開いていた。スクリーン復活に合わせて、その歴史と物語をひもとく。 (全3回)
 
(上)東濃にスクリーンが戻って来る! かつては隆盛の映画文化、その歴史をひも解くと…
(中)映画を楽しんだ記憶、今も鮮明に 復活したスクリーンは孫とともに(この記事)
(下)芝居小屋から映画館へ、「青い山脈」ロケ誘致も 中津川の映画文化築いた篠田一族

 
【関連記事】「イオンシネマ土岐」でオープニングセレモニーと内覧会 東濃で21年ぶりの映画館復活、週末は予約で満席も

ありし日の瑞浪映画劇場

 
 JR瑞浪駅南の、現在は瑞浪市地域交流センターときわ(寺河戸町)がある場所には、かつて映画館があった。同センターの館長を務める永島喜一朗さん(83)の父・久吉さん(故人)が経営していた。
 前身は明治時代末期にできた芝居小屋「常盤座」。1948年ごろ、無声映画を上映するようになり「瑞浪映画劇場」に生まれ変わった。喜一朗さんが中学生だった50年代に、全盛期を迎えた。喜一朗さんは「娯楽というと映画だった」と懐かしむ。
 その後、瑞浪映画劇場の隣にオレンジ座を新設。喜一朗さんが大学を卒業するころには、瑞浪映画劇場から改称した瑞浪東映を建て替え、1階にスーパーマーケット、2階に洋画専門のブルー劇場が入った。

かつて瑞浪映画劇場のあった場所に立つ瑞浪市地域交流センターときわ=瑞浪市寺河戸町で

 樹林舎「写真アルバム 東濃の昭和」には、「映画全盛期の駅前付近には、瑞浪東映、オレンジ座、ブルー劇場、東濃会館があった」とある。テレビの普及などによって客足は遠のき、77年までに全てが閉館している。
 小学校の卒業文集に「映画館の支配人になりたい」とつづった喜一朗さん。...

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