【実録 竜戦士たちの10・8】(150)高木守道監督や立浪和義ら選手たちが味わった教訓を後世の財産に
2025年10月20日 22時30分
1995年途中に監督を退いた高木守道が突然、ラジオの電波に乗せ、“ざんげ”の言葉を口にしたのは「10・8」から7年後の2001年11月。ダイヤモンドバックスがヤンキースを下しワールドシリーズ制覇を果たした翌日のことだった。
第6戦に先発し7イニングを投げ勝利投手となったランディー・ジョンソンが第7戦も1点ビハインドの8回にリリーフ登板。1イニング1/3を無安打に抑えると、打線がエースの頑張りに応え9回裏に2点を奪い逆転サヨナラ勝ちし頂点に上り詰めた。
「大リーグでも最後の決戦では全てを出し切って戦っていた。あの試合、巨人が槙原、斎藤、桑田の三本柱を投入しているというのに、私はいつも通りの継投をしてしまった。こちらも山本昌、郭を投げさせようと思えばできたのに…」と自ら語り出したのだ。
敗者には反省があり、悔いがある。もし、あの日に戻れたら…。一塁へのヘッドスライディングで左肩を脱臼し、グラウンドを離れた立浪和義は「やっぱり力みがあった。熱くなっていく中でも、冷静な状況判断が必要だと自分に言い聞かせて臨みたい」と後日、話してくれた。
3回の落合博満のポテンヒットで記憶が飛んだ今中慎二は「あのときは割り切りができなかったが、あれがあってできるようになった。負けたから、その必要性を考えたと思う」と言う。後に指導者となった今中が、口酸っぱく投手陣に言い続けてきたのが、この「切り替え」の大切さだ。
最大10・5ゲーム差を追いつき、舞台は本拠地ナゴヤ球場。それでも最後に勝ち切れなかった差は何だったのか? 「『勝ちたい』と思うのは中日の選手も巨人の選手も一緒。でも『絶対に負けられない』という気持ちの部分でどうだったか…」。こう言ったのは捕手として4人の投手をリードした中村武志だった。
優勝を逃せば2リーグ分立以降では球団初となる4年連続V逸。球団創立60周年を不名誉な記録で汚すわけにはいかない。その思いを現場の首脳陣、選手、フロントが共有し、戦力補強に始まりおのおのができ得る限りの準備を備える。それが、長嶋茂雄監督が最大の勝因に挙げた「伝統の力」なのだろう。
歴史的大一番での苦い敗戦も、個人にとどまらずチームの反省、教訓として伝えていくことで、かけがえのない財産になる。中日も2026年には90歳。巨人、阪神のライバル2球団が、いずれもリーグ優勝で飾ったメモリアルシーズンを迎える。=敬称略
(館林誠)
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