【実録 竜戦士たちの10・8】(147)巨人・長嶋監督の”特別”と中日・高木監督の”普段通り”…2人の指揮官の対照的な継投策
2025年10月13日 21時53分
【7回 中3―6巨】 1994年10月8日(ナゴヤ)
松井秀喜から始まる5回表の巨人の攻撃。中日監督の高木守道は、左腕の山田喜久夫をリリーフに告げた。「全てを任せている」と、先発の今中慎二に絶対的な信頼を置いていた高木にとっても、まさかの展開だっただろう。
その山田が2ボール1ストライクからの4球目、甘く入ったカーブを松井に右翼席へ運ばれ、その差は4点に広がった。すると高木は3番手に佐藤秀樹を投入。一方、巨人は2回からマウンドを守り続ける斎藤雅樹が6回、彦野利勝の中前適時打で3点差に迫られると、7回からは桑田真澄を送り出した。
中日の山本昌広が一塁側ブルペンに走ったのは6回表。7回裏には郭源治も投球練習を始めた。7回を終わって中日が3点のビハインド。東海テレビの放送席に座る解説者の鈴木孝政、達川光男が「チームを奮い立たせるためにも、ここは郭か山本昌を出してほしい」と話していた。
だが8回、4番手として登板したのは野中徹博。この年19勝8敗で最多勝を獲得した山本昌、防御率2・45で最優秀防御率に輝いた郭がマウンドに上がることは、ついになかった。
三本柱による”特別リレー”を実践した巨人の長嶋茂雄監督と、リードを許していたこともあるだろうが、あくまで”普段通り”を貫いた高木。この継投が後に議論を呼ぶことになる。巨人の槙原寛己、斎藤は中1日。桑田は中2日。それなのに…、というわけだ。
高木が県岐阜商1年の時、コーチとして訪れたのが当時立大4年の長嶋だった。それ以来、長嶋は高木にとっては憧れの存在。だが、同じプロの土俵に立った高木が目指したのは長嶋とは真逆の選手像だった。
「私は長嶋さんにはなれない。あんな派手なパフォーマンスはできない。それなら自分は、難しいプレーをさりげなく、当たり前にこなせる。そんな選手になろうと思った」と言う。「普段通りに」「当たり前に」は、この世界で巨人、長嶋という巨大な敵を相手に戦い続けた高木のモットーでもあったのだろう。
中盤あたりからベンチの後方に下がったり、身を乗り出すように最前列に立ったりと、忙しく狭いダッグアウト内を動き回る長嶋。それとは対照的に、高木はいつも通りホーム寄り後列のベンチに腰を下ろし戦況を見守り続けた。 =敬称略
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