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あふれる投資広告「一緒に勉強しませんか」 3カ月で失った7千万円

2026年8月17日 20時00分 (8月17日 20時27分更新)
 人々の関心を引きつけ、広告収入などの経済的利益に置き換える「アテンション・エコノミー」。衆院選を舞台に、有権者が興味のある政党や論調だけに染まっていく危険性を描いた第1部に続き、第2部「投資を調べただけなのに」では、個人の情報空間を埋め尽くすアテンション・エコノミーの構造が、詐欺などの犯罪を誘発する脅威に迫ります。
 たとえば「かばん 通勤」などと検索して、交流サイト(SNS)の広告がしばらくビジネスバッグやリュックサックだらけになったような経験はありませんか? ただの買い物なら害はありませんが、もっとストレートな欲望が狙い打ちにされた場合はどうなるのでしょう?
 検索の窓から広がるネットの世界。でも、その窓の向こう側から、私たちの関心や欲求ものぞかれているのです。おそらく、私たちが思う以上にくっきりと。

「投資」広告一色に

 フェイスブックの画面上に表示された広告が「投資」一色になった。有名人の顔写真を載せ、「今すぐ買うべき優良株」「知らないと損する」などと気を急かすような言葉が目につく。そんな投資ブームを演出する雰囲気の中で一通のメッセージが届いた。「一緒に投資の勉強をしませんか」
 愛知県豊橋市在住の70代女性から、わずか3カ月で7千万円余りをだまし取った詐欺師はSNSの世界で静かに近づいてきた。
 「一番悪いのは犯人だと思うけど、ネットはプライバシーも何もない恐ろしいところ。防ぎようがないと感じた」。今年2月、記者が初めて会った被害女性は、高齢だがピンと伸びた背筋にハキハキとした受け答え。30代半ばでサービス系の事業を起こし、今なお精力的に仕事をこなしているという。
 顧客のための情報収集にインターネットも使うなど、デジタルの世界に全く通じていないわけでもなかった。「だまされるなんて一切、思っていなかった。一生通じて一番の私の汚点」

勉強会に誘われ

うその投資話を持ちかけられたLINEを表示する女性

 始まりは3年近く前、2023年10月ごろだった。仕事漬けの日々に「ただ貯めておくよりは」とネットで買った1千万円ほどの日本企業株。それ以上の運用について「知識もないもんで、どうすればいいかな」とネット検索を繰り返すうちに、フェイスブックの画面は瞬く間に投資関連の広告であふれはじめた。「投資の相談乗ります」と女性の疑問を解消してくれそうな宣伝文句もあり、興味を引かれた。
 「西垣」を名乗るフェイスブックのアカウントから勉強会に誘うメッセージが届いたのはそんな時だ。女性は仕事の人脈づくりのため、実生活で面識のない相手でもSNSで「友達」になることがあった。西垣とも会ったことはなかったが、「勉強になるなら」と軽い気持ちで誘いに応じた。
 指示されるまま十数人が参加するLINEグループに入ると、「先生」から経済や政治情勢など投資に役立つというニュースが毎日のように届いた。やがてグループ内で、指定の振込先に入金すれば専門家が優良な投資先を選び、資産を増やしてくれるという話を持ちかけられた。
 他の参加者たちが「今日ももうかった」というメッセージを送り合っていたこともあり、女性も資産の運用を任せることにした。送金すれば利益が出たとの報告が逐一入る。試しに利益を引き出してみたところ、実際に数万円を手にできた。

信頼できる「先生」

 当初は「なんで先生は無料で情報をくれるのだろう」と疑問に思うこともあったという女性。だが、もうこの頃には「先生は昔、投資で困ったことがあって、いま困っている人の力になりたいと思っている」というグループ内での話を信じ切るようになっていた。
 郵便局の窓口で1千万円近い額の送金を試み、怪しんだ局員とけんかになったこともある。「相手は誰で、何のために送るんですか」と、顔を真っ赤にして制止してくれる言葉も届かなかった。
 40年間の貯金はあっという間に底をついた。「最後は本当にすっからかんになって、電気代が払えず電気が止められる寸前だった」。スマホの画面上では1億円の資産を保有していることになっていたが、「損失が出る」との理由で、すでに出金は認められなくなっていた。
 目が覚めたのは、自宅の売却も検討する中、娘に500万円の工面を頼んだ時。「どう考えてもおかしいよ」と言われ、紹介された弁護士に詐欺だと断定された。

アルゴリズムの罠

豊富な人生経験を持ち、仕事にネットを活用していた女性がここまでの深みにはまったのはなぜか?
 原因の一つは、SNSが利用者を取り込んで離すまいと進化させるアルゴリズムという機能だった。メディアなどでは「計算手法」などと一語で訳されるが、その奥行きは深い。
 アルゴリズムの使命は、忙しい現代人の関心をSNSに長く留め、SNSを運営するプラットフォーム企業が広告主から少しでも多く収益を得るようにすることだ。SNS利用者が無料でサービスを使えるのも、この収益があってこそ。このため、アルゴリズムは利用者の好みや期待を満たす情報を優先的に表示し、閲覧時間を延ばすことで、コンテンツの各所に表示される広告を目にする機会を増やそうとする。
 そのためにアルゴリズムは利用者のネット検索や購入履歴、SNSの利用状況、コンテンツごとの滞在時間といったあらゆる情報を集め、利用者の関心事を分析する。
 結果、SNS上では、その利用者の関心が高い商品やサービスを絞り込んで売り込む「ターゲティング広告」が可能となる。いわば、利用者一人一人に応じたオーダーメイド広告。広告主にとっては、不特定多数が通り過ぎる街頭広告や個々の視聴者や読者が見えにくいテレビ、新聞広告などよりはるかに高い宣伝効果が期待できる。
 さらに投資詐欺の場合、LINEグループに誘い込むことで、利用者と同じ境遇にみせかけた「さくら」との接点をつくる。似たような意見に触れ続けるうちに自分の考えや行動が正しいと信じ込み、異なる意見を受け入れにくくなる「エコーチェンバー」の状態に陥る。そうなると詐欺に気が付きにくくなる。

「恋愛中と一緒」

 豊橋の被害女性には、情報をくれる「先生」の動機を疑問に思う機会や、送金を制止しようとしてくれた郵便局員の存在もあった。LINEでやりとりする担当者の言葉遣いに違和感を覚えたこともある。今から思えば、不自然な日本語は人工知能(AI)で外国語を翻訳していた可能性もあった。詐欺グループがしばしば使う手だ。
 だが「自宅でパソコンを触っていると夜中の2時まで平気で起きている」という生活に、アルゴリズムによる大量の投資勧誘が付け込み、エコーチェンバーも作用して、冷静な判断力がすり減っていった。
 西垣を含む詐欺グループが、具体的にどの検索や広告のクリックから女性を狙ったのかは分からない。ただ、女性は投資情報で埋め尽くされたSNS広告を思い出し、唇をかむ。「普通に考えりゃ分かることが、恋愛の最中と一緒で、これでいいんだってなってしまうんだよね」

若者にも広がる被害


 女性の被害はまれなケースではない。フェイスブックやインスタグラムなどを通じた「SNS型投資詐欺」は近年、増加の一途をたどっている。警察庁によると、25年の認知件数は前年比48.7%増の9538件、被害額は46.3%増の1274億円(いずれも暫定値)に上る。
 被害は人口が多い地域に集中しており、愛知県は1167件で東京都に次いで2番目に多かった。同県の被害総額は約142億円。1件あたり1220万円に達する。
ネットやSNSを使いこなしていると見られがちな若者の被害も増えている。25年の全国の被害者を年代別でみると、50代が最も多く、全体の約27%を占めるが、前年からの増加率は30代が67.3%と最も多く、20代も42.6%で増加が目立った。高齢者が主な標的にされているニセ電話詐欺と異なり、全世代が狙われている。

勢い増すネット広告



 それでもSNSを中心としたネット広告の拡大はとまらない。
 電通が3月に発表した日本の広告費の調査によると、25年のネット広告費は4兆459億円と、初めて4兆円を超えた。総広告費8兆623億円のうちネットが50.2%と過半数を占めたのも初。新聞、雑誌、ラジオ、テレビを合わせた「マスコミ四媒体広告費」の2兆2980億円の2倍近い規模に膨れ上がっている。
 「スマホなどが日常に溶け込み、生活者のインターネット接触(時間)が増えた。ターゲティング広告を含む、企業による広告投資の伸びが影響している」と電通広報。この拡大を、個人レベルで広告の訴求力を高めるアルゴリズムが加速させる。

知らぬ間に連動

もちろん、詐欺被害につながるような広告はネット上の一部。ネットでの買い物や取引なしに現在の経済活動は成り立たない。ただ、豊橋の被害女性が「ネットで検索したこととSNSが連動していたのが怖い」と振り返るように、人々の関心をカネに変えるアテンション・エコノミーやアルゴリズムの働きに無自覚な利用者が多いのも現実だ。
 総額7千万円以上の被害額を取り戻すため、女性は今も民事裁判を続けている。

【中日BIZナビ連載】アテンション、プリーズ! 関心がカネになる経済
 
「アテンション・エコノミー」という言葉を知っていますか?
 
 今、この仕組みが私たちの世界を大きく変えようとしています。直訳すれば「関心経済」。人々の注意や興味に経済的価値を見いだし、利益につなげるシステムのことです。
 
 交流サイト(SNS)の爆発的な普及により、そこにあふれる広告へユーザーの関心を集めれば、SNSを運営する企業は莫大な収入を手にすることができるようになりました。SNS企業はそのためにあなた好みのコンテンツを次々と表示し、スマホやPCの画面から離れられなくしています。
 
 コンテンツの投稿者も、多くの関心を集めればSNS運営企業から広告収入の一部を受け取れる仕組みになっているため、情報の真偽よりも刺激性を優先する誘惑から逃れられません。
 
 趣味や娯楽だけならまだしも、そんなアテンション・エコノミーの構図が選挙や投資、犯罪やポルノの世界にまで広がったら? 刺激的なコンテンツが、依存症と診断されるほど子どもの生活を飲み込んでしまったら? 
 
 連載「アテンション、プリーズ! 関心がカネになる経済」では、私たちが無料だと思っているSNSやネット利用に潜む危機を取材し、氾濫する情報との付き合い方やメディアの今後について考えます。
 
 (取材=杉藤貴浩、池内琢、岸友里)
 
第1部/選挙は副業最前線
 
(1)氾濫する政治系動画「ぬれ手で粟」 富を生み出す最前線に
(2)仕事帰りに選挙実況「どこでもぱっと」 結び付く政治とバズり
(3)反響するのは同じ声 発言加工の「切り抜き系」再生回数圧倒 
(4)揺さぶられる個人の選択 SNS運営プラットフォームの企業姿勢が世論左右
(番外編)「関心経済」危うい情報 静岡大・高口鉄平教授と連載振り返り
 
第2部/投資を調べただけなのに
(1)あふれる投資広告「一緒に勉強しませんか」 3カ月で失った7千万円(この記事)
  
第3部/性的ディープフェイクの脅威
(1)ある日突然、「下着姿」に AIが容易にする画像加工
 
第4部/ゲーム依存という病
(1)小学5年生息子がオンラインゲームで夜も寝ず 「対戦型は終わりがない」母の不安的中
  
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