速報
福井県戦没者追悼式に遺族ら900人参列「二度と繰り返してはならない」
第75回県戦没者追悼式が22日、サンドーム福井で開かれた。遺族ら900人が太平洋戦争...
8月22日
元日に38度線突破、過酷な朝鮮半島引き揚げ 三重県伊賀市の故谷口さんが残した音声、孫が保管「ルーツ残す」
伊賀市の谷口一枝さん(故人)が、娘の福田定子さん(93)=同市=らを連れ、朝鮮半島か...
8月21日
「お父ちゃんを返して!お父ちゃんに会いたいんだよ」どれだけ思ったことでしょう 戦後81年証言
5歳のとき、「お国のため」と人に見送られていたのが最後の父の姿でした。意味は知らなか...
8月20日
「豊かさ」とは何か 福井市の霊泉寺住職・青森の恐山菩提寺院代、南直哉さんが考える「平和」
大本山永平寺で約20年にわたり修行し、現在は福井市の霊泉寺住職と、青森県の恐山菩提寺...
4歳の時に空襲、夜中におやじの声「逃げるぞ!」 まちは火の海、自宅は丸焼け
現在の浜松市中央区船越町で生まれ、4歳の時に空襲に遭いました。家は今もある広厳(こう...
8月18日
「おぞい目に遭ったんや」青少年義勇軍だった亡き父の言葉 今も胸に
大野市上野の松田輝治さん(75)の父で、84歳で亡くなった大藤(おおどう)正次さんは...
シベリア抑留、顔の凍傷は生き残った勲章 菰野町で歴史教室、96歳と100歳が証言
太平洋戦争に負けた日本人をソ連が捕虜として強制労働させた「シベリア抑留」の体験を聴く...
8月17日
暗闇での視力買われ7歳で「陸軍少尉」 豊橋市の88歳「戦争は何も残らない」
戦後81年を迎え、はっきりと証言できる戦争体験者が年々少なくなる中、7歳にして軍幹部...
情勢不安定な中東からも参加のアジア大会 日本でレスリング教えるイラン人、「握手で始めて握手で終わる。これが平和だよ」
真夏の道場。日が沈むと子どもたちが集う。千葉県松戸市の市川コシティクラブ。「コシティ...
本土決戦を信じた軍国青年、99歳になった今語る「戦争による解決なんて…」
「私は徹底した軍国主義青年だった」。太平洋戦争の終戦間際、日本海軍の陸戦隊員だった杉...
「心の心配がなくなったときが、本当の平和」 政情不安のミャンマーに家族を残して来日した22歳
2021年の軍事クーデター以降、政情が不安定なミャンマーでは、海外で生活する若者が増...
「われこそ征け」日中戦争に従軍し、勇ましい一句を詠んだ父 義弟の戦死に何を思ったか
太平洋戦争に向け、戦意高揚に使われた俳句の名手がいた。日中戦争の従軍体験をもとに句集...
バブル崩壊で岐阜の繊維街衰退、生産拠点は海外へ 「平和だからこそ、ファッションができる」
昭和の若者ファッションをリードした新名古屋駅(現・名鉄名古屋駅)の専門店街「メルサ」...
「戦争に疑問を持たなかったこと、今考えるとおかしい」 浜松市の92歳女性の証言
1945年になると、浜松は空襲でたくさん被害を受けるようになりました。その年の4月3...
8月16日
「アジア大会が、スポーツを通して各国が仲良くなる機会に」 32年前の広島開催に込めた願い
右手のトーチを聖火台にかざして数秒。炎が揺らぎ、千羽超の白いハトが一斉に舞った。「な...
静岡県内でも戦没者追悼式 歴史の継承と不戦の誓い新た
終戦の日を迎えた15日、浜松市、静岡市など県内各地で戦没者を追悼する式典が開かれた。...
戦争に怒り覚えぬ自分を戒め 「平和の俳句」に入選、浜松の鈴木恭子さん
戦争に人一倍、怒りを覚えていたつもりだった。ウクライナ、ガザ、イランで誰かが命を落と...
太平洋戦争の激戦地・フィリピンに立つ「セブ観音像」に平和の祈り 日本人らが慰霊祭
【セブ=都沙羅】太平洋戦争の激戦地フィリピンのセブ島で15日、現地在住の日本人らが戦...
「伝え続けないと」 全国の遺族代表を務めた岐阜県大垣市の金森武士さん、大役終え平和への願い新た
異国の地で戦死した父と、苦労をかけた母への思いが込み上げて「読んでいる途中、泣きそう...
ベストセラー小説から着想「七分丈コート」が大ヒット 作れば作るほど売れた高度経済成長期
岐阜空襲に見舞われた街を「灰色」と表現した少女は14年後、駅前で色鮮やかな服を生み出...
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