西武・栗山 有終2152安打!引退試合の最終打席で安打「皆さんに打たせてもらった最高の一本」

[ 2026年8月31日 05:30 ]

パ・リーグ   西武4―1楽天 ( 2026年8月30日    ベルーナD )

<西・楽>チームメートに胴上げされる栗山(撮影・篠原岳夫)
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 西武・栗山巧外野手(42)が30日、引退試合となった楽天戦でラストヒットを放った。「6番・DH」で出場し、8回2死の最終打席で鮮やかな中前打。すでに球団最多としていた通算安打を2152に伸ばした。試合後のセレモニーでは、25年間の現役生活に涙で別れのあいさつ。チームも3連勝で今季最多の貯金20とし、“ミスターレオ”の有終の美に花を添えた。

 仲間の笑顔を見た瞬間、あふれる感情を抑えきれなかった。四半世紀にも及んだ現役生活を締めくくる引退セレモニー。10年間西武で共にプレーした岸から花束を贈られ、長年共闘してきた中村剛、炭谷と固い握手を交わした。左翼席からの応援を聞くと、もう涙が止まらなかった。

 「もうこれ(応援)が聞けなくなるなという気持ちだった。好機で打ったり、凡退したり。そういうこともいろいろと思い出しました」

 現役最後の試合で見せ場をつくるのが千両役者だ。3打席凡退で迎えた8回の第4打席。2死から4番手・泰の初球153キロの剛速球を見事に捉えて中前に運んだ。球団最多の通算安打記録を2152に伸ばすと2万7579人のファンからは大歓声。代走を送られてベンチに下がると、感無量の面持ちで仲間とハイタッチした。

 25年で通算2323試合に出場した。ベストプレーは「多すぎて選べない」としながらも04年9月のプロ初安打、今季4月に1軍合流した直後の試合で放った安打を挙げるが、この日の第4打席がそれを上回った。先発・岸には2打席凡退に終わったが「(4打席目は)ベストなヒットじゃないですか。全員が僕の味方。一本打ってくれという状況だった。皆さんに打たせてもらった最高の一本ですね」と忘れられない打席の一つになった。

 25年間は輝かしい記録だけで彩られているわけではない。06年には右有鉤(ゆうこう)骨を骨折して離脱。12年には死球の影響でシーズン終盤を棒に振った。近年は1軍に絡むことができないもどかしさもあったが「僕が1軍に合流してから割と勝っていると思う」と最後は笑いも交えて振り返った。
 この日は所属全選手、スタッフが背番号「1」のユニホームを着用して功績を称えた。打席数、安打数、二塁打など数々の記録が球団史上1位。ここまで「1」が似合う男はそうはいない。

 これで完全にバットは置く。第二の人生については「現時点では未定。西武の栗山という姿ではいたいと思います」と話すにとどめたが、栗山が踏み出す次の最初の“一歩”にも期待は高まるばかりだ。(河西 崇)

 ◇栗山 巧(くりやま・たくみ)1983年(昭58)9月3日生まれ、兵庫県出身の42歳。育英では甲子園に2度出場し2年夏に4強。01年ドラフト4巡目で西武入り。3年目の04年に1軍デビュー。08年に初めて規定打席に到達し167安打で最多安打。08、10、11、20年ベストナイン、10年ゴールデングラブ賞を獲得。21年9月4日楽天戦で球団の生え抜き選手として初めてとなる通算2000安打を達成した。1メートル77、85キロ。右投げ左打ち。

 【栗山に聞く】

 ――どういう思いで今季を。
 「1軍に同行した時は必ず打ってやるという気持ち。2軍で過ごした日々は学びが多かった。1軍を目指す選手とプレーできたのは僕の財産、勉強になった」

 ――もう1年続けたいという思いは。
 「なくはないが(引退を)約束して、締めくくりの1年として今季をプレーして出し切れるか。その一点だけだった」

 ――野球少年、少女に伝えるとしたら。
 「楽しいという気持ちを常に持って、あとは目いっぱい、うまい下手関係なくやってもらえたらいい」

 ――背番号1の後継者に期待することは。
 「背番号うんぬんではなく自分たちのプレーをしっかりやってほしい。その背番号が自分の番号なんだという精神で育ってほしい」

 ≪セレモニー青で染まった≫試合後のセレモニーではチケット完売で超満員の客席が青いライトで染められ、栗山は多くの関係者から花束を手渡された。西武時代の同僚である中島宏之さんには「いつもカッコいいけど、今日は特にめっちゃカッコ良かったわ」と伝えられ涙。また、中日・涌井、ソフトバンク・牧田4軍投手コーチらも球場に駆けつけ、最後の雄姿を見届けた。球場正面なども花で埋め尽くされ、ファンのための撮影スポットも設けられた。

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