【福田正博 我が道25】不振の私を使ったオフト監督 「やらなくては」という気持ちがより強くなった
いよいよW杯米国大会アジア最終予選が始まった。肝炎で離脱していた主将の柱谷哲二さんが復帰したのは心強かったが、左サイドバックの都並敏史さんがケガから復帰できず、オフト監督は頭を痛めていた。私は9月のスペイン合宿でもコンディションが戻らなかった。それでも、選手はみんな初のW杯本大会出場へ、自信を持ってドーハに乗り込んだ。
初戦のサウジアラビア戦は0―0の引き分け。前年のアジアカップ決勝で勝った相手で力の差はなかったし、「勝てる試合だった」と悔しさがこみあげた。1次予選初戦のタイ戦と同じで、プレッシャーでフワフワした感じだった。私も先発したが、決定機に決めることができず、自分らしいプレーができなかった。
第2戦のイラン戦は1―2で敗れた。5試合しかないので、最初の2試合は何より重要だと思っていたが、1分け1敗。「もう取り返せないのでは」と不安になった。私のコンディションも上がらず、さらにサウジアラビア戦の引き分けを勝手に「取りこぼした」と思い込み、イラン戦は必要以上にプレッシャーがかかっていた。試合後、食事のときにオフト監督がホワイトボードに「3wins」と書いた。「残り3試合勝てばいいんだ」と私たちは切り替えることができた。
第3戦は北朝鮮戦だった。チームは追いつめられていたので、大きく変える必要があった。オフト監督の決断はメンバーの変更で、私と高木琢也が外れて長谷川健太さんと中山雅史が先発した。オフト監督はそれまで中心選手を動かさず、柱谷さん、井原正巳、森保一、カズ(三浦知良)、高木、それと私は代えなかった。特に高木は結果が出なくても、記者会見などで「絶対に必要な選手」と言っていた。メンバー変更が功を奏して北朝鮮に3―0で勝利。私は最後まで出場機会はなく、チームは勝てたが複雑な気持ちだった。先発から外された悔しさもあり、「チームのために、コンディションを上げていかなければ」という思いもあった。同時に、自信を失っていたのでメンバーから外れて少しホッとし、責任から解放されたと感じた。
第4戦の韓国戦も先発から外れたが、オフト監督が「まだ可能性がある」と言っていた通りに流れが変わってきた。スーパーサブで好調だった中山が絶好調だった。「短期決戦は調子のいい選手を使う」が鉄則だが、中山はいい仕事をしていた。韓国には前年のダイナスティカップ決勝で、PK戦とはいえ勝っていたことは大きかった。8年間勝てなかった韓国に対しても「やれる」という自信があった。私はカズがゴールを決めた直後の後半20分から途中出場し、必死に守備をした。1―0で勝利し、一気に状況が変わったように感じた。それにしても、オフト監督はこの大会で不振の私を、よく使ったと思う。交代は2人までの時代で、そのうちの1人だ。それぐらい信頼されていたと思うと、「やらなくては」という気持ちがより強くなった。
◇福田 正博(ふくだ・まさひろ)1966年(昭41)12月27日生まれ、神奈川県出身の59歳。相模工大付高(現湘南工大付高)から中大を経て三菱重工に入社。Jリーグ開幕後は浦和で95年に得点王、ミスターレッズと呼ばれた。日本代表でも92年アジア杯や93年のW杯米国大会アジア予選などに出場。現役引退後は08年から3年間浦和でコーチとして指導。現在はテレビ解説者やスクールコーチを務めている。
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