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立浪和義、衝撃受けた工藤公康の1球 異例の高卒新人での開幕スタメン、「がむしゃらに」走り続けた一年

2026年6月23日 05時45分

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バント練習をしっかりこなし引き揚げる中日・立浪和義=1988年


◆中日球団創設90周年企画「V この男あり」第8回
 球団創設90周年を記念し、優勝に貢献した名選手を取り上げる企画「V この男あり」。1988年に6年ぶりのリーグ優勝を果たした中日には、当時18歳の遊撃手がいた。後に「ミスタードラゴンズ」と呼ばれる立浪和義(56)。高卒新人としては極めて異例の開幕スタメンに抜てきされ、「がむしゃらに」走り続けた一年を振り返る。(文中敬称略)

◆バントで真っすぐを空振り

 1988年春。西武とのオープン戦で工藤公康と対戦した時の衝撃を立浪はまざまざと覚えている。「バントで真っすぐを空振りしたんですよ。バントだから当たりぐらいするだろという感じですけど。高校では見たことがないベース際での切れ。違うな、これに慣れていかないと打てないんだろうなと思った」。大阪・PL学園高では主将として甲子園春夏連覇。ドラフト1位で入団した黄金ルーキーの前にも、“プロの壁”は確かにあった。
 もちろん、甘い世界ではないと百も承知していた。「入団時には3年くらいで1軍に定着という目標を立てていた」という。そんな紅顔の18歳を星野仙一監督は開幕から遊撃に据えた。しかも、前年のベストナイン、宇野勝を二塁にコンバートしてまで。「監督に直接話をされた記憶はない。新聞記事を見たりして、そう(開幕スタメン)なのかなと。守りでミスをしたくない。その思いだけでした」と語る。

◆キャンプで右肩痛め…増す守備の悩み

 ただ、立浪は人知れず不安を抱えていた。2月のキャンプ中に右肩を痛めて、特にスローイングに影響が出ていたのだ。「最初は深めに守るようにしていたんだけど、肩の不安が大きくなるにつれて、前に前にとなってしまった」。ポジショニングが変わってしまうほど悩みは深かった。
 高卒の新人が簡単に弱音を吐けない。痛み止めを飲んで試合に出続け、スーパープレーで何度もチームを救った。この年18勝を挙げた小野和幸は「打たれた瞬間にヒットだと思った打球に追いつく。本当に高校出かよと思った」と驚きを交えて振り返る。

キャンプで右肩を痛め、痛み止めを飲んで試合に出場し続け、スーパープレーで何度もチームを救った立浪和義

 星野監督はシーズン中も徹底的に英才教育を施した。「僕と中村武志さんだけオールスターまで一日も休みがなかったんですよ。試合がない日でも2人だけで練習していた」。ナゴヤ球場に隣接する屋内練習場で2人は並んでマシン打撃などに励んだ。その様子を星野監督は後ろからジッと見つめていたという。「それだけ期待してもらっていたんですね。そうじゃないと、たった2人の練習に来てくれない」。厳しさの中に、ひしひしと親心を感じた。

◆大洋・遠藤一彦のフォークを打てたことが自信に

 ポテンシャルの高さ、そして、適応力は指揮官の見立て通りだった。オープン戦で工藤のボールに感じたような“プロの壁”を立浪は一つ一つ乗りこえていく。「大洋の遠藤(一彦)さんのフォークボールを、待ってはいなくてもうまく拾えて安打にできた打席があった。そういう成功体験が自信になった」という。
 立浪はこの年、110試合に出場。新人王に加えて、高卒新人野手としては史上唯一となるゴールデン・グラブ賞も受賞した。その後の歩みは言わずもがなだ。
 「最初に星野さんに高いところに放り込んでもらったことが自分にとって一番大きかった。プロの厳しさとかレベルに慣れることができた。よくぞ高校生を使っていただいたと。それしかありません」。悩み、苦しみ、それでも試合に出続けたプロ1年目が輝かしいプロ生活の土台となった。

1989年に着用したユニホーム


球団90周年「ベストユニホーム投票」2位【お宝拝見】

 長く現役を続けて竜のレジェンドとなった立浪だけに、球団が記念に保管しているユニホームも多く、1989、98、2004年に着用された3種類がある。最も古い89年のユニホームは87~96年に採用されたデザインで、球団が創設90周年を記念して実施した「あなたが選ぶベストユニホーム投票」で2位に入るほど、ファンの人気が高い(1位は2006~11年のデザイン)。
 もちろん、立浪がルーキーイヤーの88年に着ていたのもこのデザイン。「2番・遊撃手」として出場したナゴヤ球場での開幕戦では第3打席で大洋・欠端からプロ初安打となる二塁打を放った。「すごい緊張感があったのを覚えている。無我夢中で打った」と当時を振り返った。

1987年甲子園春夏連覇 通算2480安打 二塁打NPB歴代最多

 ▼立浪和義(たつなみ・かずよし)1969年8月19日生まれ、大阪府摂津市出身。内野手。右投げ左打ち。大阪・PL学園高では主将として1987年に甲子園春夏連覇を果たした。88年にドラフト1位で中日に入団。1年目からレギュラーとして活躍し、歴代8位の通算2480安打、歴代トップの487本の二塁打を記録した。2009年限りで現役を引退。2019年に野球殿堂入り。22~24年には中日の監督を務めた。
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