横浜高校のスターになれなかった男が甲子園のベンチに入るまで 名門を支える高浜晴翔マネジャーの青春

[ 2026年8月4日 13:18 ]

記録員としてベンチ入りする高浜晴翔マネジャー(撮影・柳内 遼平)
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 【元公務員記者の目】2020年にスポニチに入社した記者の前職は地方公務員。福岡県福津市の教育委員会で3年間、スポーツ担当の仕事に励み、スポーツを「する・みる・ささえる」の活動を通して市民の生活向上を目指した。

 連載「元公務員記者の目」ではアマチュア野球界の「ささえる」人々の活躍を伝える。第5回は今夏の甲子園に出場する横浜(神奈川)の高浜晴翔マネジャー(3年)。宮崎での中学時代は有望として名を馳せた選手の道を諦め、記録員として甲子園のベンチに入るまでの道のりを聞いた。(聞き手 アマチュア野球担当キャップ・柳内 遼平)

――記録員として初めての甲子園ベンチ入り。
 「本当に楽しみです。3年生は本当に仲が良いので一緒に甲子園に行けることがすごくうれしい気持ちです」

――優勝した神奈川大会を振り返って。
 「(村田浩明)監督さんから抽選が終わった後から“逃げ切って逃げ切って、圧倒して勝つぞ”と言われました。監督さんの求めている野球に近い野球ができたんじゃないかなって思います」

――ベンチから見ていて、一番印象に残っている場面は。
 「そうですね…。やっぱり桐光学園との決勝の9回の守備です。桐光学園戦の1試合はまるまるイメージに残っていますね。ずっと練習してきたことが存分に出た試合でした。バッティングでは先制点を取って、そこからどんどん追加点を入れていくっていう感じで、横浜の野球ができましたね」

――横浜高校ではいつからマネジャーに。
 「2年の秋が始まる前です。それまではずっとキャッチャーをやっていました。1学年上の阿部さんたちが(夏の)甲子園出場を決めた時くらいから新チームのことを意識しました。(マネジャーの)林田さんが頑張っている姿を見ていて、チームを支えるのはかっこいいと思っていました。自分たちの代はマネジャーがいなくて、自分が選手で貢献する度合いより、マネジャーとしてチームを支える方がチームのためになるんじゃないかという思いから監督さんに“やらせてください”とお願いしました」

――村田監督からの言葉は。
 「甘いもんじゃないぞ、と言われました。“本当に覚悟はあるんだな”と言われて“あります。やります”と答えたら“言ってくれてありがとう”と」

――しかし、2年秋の大会後、再び選手に戻りましたね。
 「はい。秋は自分が(記録員として)ベンチに入っていたんですが、やっぱりマネジャーとして全然力不足なところがありました。今考えると自分の仕事に精一杯になって周りが見えていなかった。それで選手に戻ることになりました。落ち込みましたね。“どうしよう…と。でも、選手に変わって貢献できるところはバッティングキャッチャーとかブルペンキャッチャーとかありましたし、そこはもう仕事を全力でやり切ろうと。その中で見えてくるものはたくさんありました」

――選手に戻ったことで得られたものは。
 「いつマネジャーに戻れるか分からなかったんですけれど“戻った時には絶対にやってやろう”と。冬のランメニューも頑張ってやっていけば選手の信頼も得られると思っていました。練習を1日やる中でアップから終わりまで、どういうタイミングでマネジャーにどう動いてほしいのかっていうのが分かるようになりました。整備のタイミングでトンボが出ていなかったら自分が出しますし、水分補給のジャグがなくなっていたら出す。ここのタイミングでこの物が必要だなとか、監督さんはこのタイミングでノックを打ち始めるなとか。選手をやりながらでもマネジャーっていう意識を持つことで見えるところがたくさんありました。後から思ったことですが、監督さんには“違う視点で見てこい”という思いがあったのかなと思います」

――そして春季大会から再びマネジャーとしてベンチに戻りました。
 「春の抽選会の時に監督さんから“行ってこい”と言われました。めちゃくちゃうれしかったですね。“やっと来た…”っていう感じで。もう本当にいつ戻ってもいいように準備はしていたので」

――正捕手は1学年下の脇山選手。元々同じポジションだった後輩の活躍をどう見ていますか。
 「本当にもう割り切ってマネジャーとして見ているので、すごくチームのために頑張ってくれていると思う。脇山の活躍でこの夏、チームも勝ち進めたところもあるので感謝しかないです。率直に、あいつの活躍はうれしい。同じ九州出身で同じキャッチャー。すごく仲がいいので悔しいっていう気持ちより、頑張ってくれてうれしい気持ちです」

――甲子園ではどのような役割を。
 「暑さ対策もそうですし、スコアを書きながら、カウントだったり、声かけだったりできればなと思います。キャッチャー出身なので防具をつけて一番大変な捕手の体調だったりとか、いろいろなところに気を配って、みんなが野球に集中できる環境を少しでもつくりたいなと思っています。悔しい思いをたくさんしてきたので、甲子園ではみんなで笑顔で終われるような夏にしたいです」

 ◇高浜 晴斗(たかはま・はると)2008年(平20)9月1日生まれ、宮崎県出身の17歳。学園木花台小2年から木花少年野球クラブで野球を始め、木花中では南宮崎ボーイズに所属。横浜では2年秋からマネジャー。遠投100メートル、50メートル走6秒5。憧れの捕手は巨人・甲斐。1メートル76、75キロ。右投げ右打ち。

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