【内田雅也の追球】「挑戦的」な連続憤死

[ 2026年10月1日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神5―0ヤクルト ( 2026年9月30日    甲子園 )

初回、左前打を放った中野は送球が乱れる間に二塁を狙うもタッチアウト(野手・田中)
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 阪神は1回裏の攻撃で1、2番打者が続けて塁上で憤死するという出だしだった。

 右前打で出た近本光司は奥川恭伸がセットの間にスタートを切りかけた瞬間――恐らく、癖を分析していたのだろう――緩いけん制球に逆を突かれ帰塁したが憤死した。中野拓夢は左前打した際、左翼からの二塁返球が乱れる際に二塁を突いたがこれも憤死した。

 優勝に向けての大事な一戦で、嫌な空気が漂ってもおかしくない連続憤死だった。だが試合後の監督・藤川球児は近本を「挑戦的なアウト」、中野を「積極的な走塁」と話した。坂本龍馬の「同じ死ぬなら前のめりに死ね」か。「挑戦的なスタイルで向かってくれた。大山がプラスに変えてくれた。あれで挑戦的ととらえられる。(憤死の)見え方はその後の結果で変わってきますから」

 2回裏に大山悠輔が先制ソロを放ってくれたことで痛恨を打ち消し、空気を変えられた。優勝を目前に、終わり良ければすべて良しで、内容よりも結果。前向きにとらえたいというわけだ。

 初回先頭打者から2人続けての憤死など見た記憶がない。読んだ話にはある。1896(明治29)年5月23日、当時国内最強の一高(今の東大教養学部)が横浜外国人クラブと対戦した。1回表に4失点。その裏、先頭打者が四球で出たが一塁上で憤死。2番打者もまた憤死した。ともに「隠し球」だった。当時、日本人はそんな手があるとは知らなかった。ところが一高は連続憤死をものともせず、何と29―4で大勝したのだった。

 一高を率いた中馬庚は正々堂々と戦う姿勢を説いていた。故意落球で併殺を狙うインフィールドフライのルールも無用と主張したほどだ。

 中馬はベースボールを野球と訳したことで知られる。「Ball in the Field」から「野の球」と連想した。まさに甲子園だ。試合前に会った阪神園芸甲子園施設部長の金沢健児は雨上がりの秋晴れに「芝生が元気になりました」と話した。22日に冬芝の種まきを行い、美しい緑が広がっていた。舞台は整っている。

 マジックを3として、きょう1日は巨人との最後の直接対決を迎える。大一番である。藤川は「心を落ち着けて、頭は冷静に心は熱く、挑戦的に向かっていきたい」と言った。そして正々堂々といきたい。 =敬称略= (編集委員)

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