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【実録 竜戦士たちの10・8】(105) 1安打完封の今中慎二、前回登板で打球直撃も「投げれば忘れると…」

2025年6月28日 10時28分

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1994年7月2日付の中日スポーツ1面


◇長期連載【第4章 決戦までの100日間】
 1994年7月1日の横浜戦(平塚)。中日の先発は大方の予想に反し、6月19日の広島戦で左スネに打球を受けて以降、登板のなかった今中慎二だった。1番に偵察要員で投手の加藤将斗を入れたあたり、横浜も読めなかったのだろう。1回の攻撃では高橋雅裕、石井琢朗がバントの構えを見せた。
 そんな横浜の揺さぶりに動じず、今中は7回2死まで無安打投球。22人目の打者、ローズに3ボールから2球続けたフォークを中前に初安打されたが、4回に大豊泰昭がたたき出した虎の子の1点を1安打完封で守り切り、斎藤雅樹(巨人)に並ぶ9勝目を挙げた。
 この日の先発が決まったのは打球直撃後、初めて全力に近い投球を行った6月29日の浜松での練習中。まだ痛みはあったが「いきます」と自らGOサインを出したという。それでも左脚はテープでグルグル巻き。「投げれば(痛みは)忘れると思ったけど…」と顔をしかめながら苦笑した。
 貯金20の巨人は、この日のヤクルト戦(神宮)が、ちょうど折り返しの65試合目。先発・斎藤の投球がヤクルトの2番・荒井幸雄の頭部を直撃したのは1回裏のことだ。エースがわずか6球で危険球退場する不測の事態に、急きょマウンドに上がった岡田展和が広沢克己に2ランを浴びるなど、救援陣が計11失点。5月24日以来、実に38日ぶりの連敗となった。
 翌2日は中日が大豊、パウエルのアベック弾などで8点を奪い横浜に連勝。3連敗は避けたい巨人も長嶋茂雄監督の勝利への執念が垣間見えた。6点リードが3点差となった6回には前日、危険球退場となった斎藤を投入する。
 さらに9回無死一塁、松井秀喜の打席で左腕・石井一久がマウンドに上がると、長嶋は「どうしても1点がほしかった」と松井に送りバントを指示。これを慌てた石井が一塁へ悪送球(安打と失策)。ここから巨人は一挙8点を奪い、連敗を2で止めた。
 だが3日は中日が大豊、パウエルの2戦連続のアベック弾も、得点はその3点のみでサヨナラ負け。巨人は1点リードの9回、守護神・石毛博史が2死から荒井幸雄を四球で歩かせた直後に池山隆寛に逆転2ランを浴び、そろってサヨナラ負け。
 高木が「点を取らんと勝てんよ」とボヤけば、「やっぱり2死からの四球がね。まあ、仕方がない。野球は最後まで分からないということ」と長嶋。自らに言い聞かせるように2度、3度と「仕方ない」という言葉を繰り返した。=敬称略

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