長嶋茂雄氏死去 巨人・桑田2軍監督、長野久義らが黙とう 2軍の練習前に

[ 2025年6月3日 09:37 ]

巨人の2軍選手は練習前に黙祷をささげた
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 プロ野球の巨人の三塁手として活躍し、引退後は巨人の監督を2期15年にわたって務めた巨人軍終身名誉監督の長嶋茂雄(ながしま・しげお)さんが3日午前6時39分、都内の病院で肺炎のため死去したと読売新聞グループ本社、読売巨人軍などが発表した。89歳だった。葬儀・告別式は近親者のみで執り行う。喪主は次女・三奈(みな)氏。後日、お別れの会を開くという。

 巨人の2軍はジャイアンツ球場での練習前に室内練習場で、桑田2軍監督、川相コーチ、長野らが黙とうを捧げた。

 桑田真澄2軍監督が取材対応。桑田監督は長嶋さんが「国民的行事」と呼んだ1994年10月8日、優勝を懸けた中日とのシーズン最終戦で7回から登板し、胴上げ投手となっていた。

 桑田2軍監督は「野球のことはもちろん、プロ野球としてのエンターテインメントといいますかね、そういったファンを大切にする、ファンサービス、メディアサービス。当然結果を残すということも非常に厳しい方でしたけど、やはりプロ野球選手として大事なのは結果を残すこと、ファンサービス、メディアサービス、そういったことを体現した、身を持って教えていただいた方」と丁寧に言葉を選びながら長嶋さんをしのんだ。

 長嶋さんとの一番の思い出は、やはり「10・8」だという。「10.8のしびれるところで行くぞっていうのが。あれがもう、あれ以上は。監督、試合自体がしびれるんですけど、どれぐらいで用意しておけばいいですかって聞いても“しびれる場面で”と。監督、試合がしびれますと、どのイニングに合わせましょうかって“しびれるところで”と」と優しい笑顔で懐かしんだ。試合前に監督の部屋に呼ばれたそうで、「名古屋のね。昔の都ホテルですね。それが一番の思い出ですね」と話した。

 「今は2軍監督ですけど、2軍の首脳陣、スタッフ、選手たちにはプロとして結果を残すことと、ファンサービス、メディア対応。もう一つ、僕がプラスアルファしてスポンサー対応というね。これはプロとしてやらなければいけないことだから。やれないとプロとして、プロ選手として一流とは言えないんだよっていう話は長嶋さんから学んで僕も若い選手に伝えているところですね」と強調し、黙とうについては「まあ、全体でね。そうしようかっていうことになって」と自ら呼びかけたことを明かした。

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