神奈川の高校野球を40年引っ張った桐光学園・野呂雅之監督「いろいろなことを思い出すなあ」

[ 2025年12月29日 07:10 ]

スピーチする野呂監督(撮影・川島 毅洋)
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 12月15日。今夏限りで桐光学園(神奈川)の監督を勇退した野呂雅之氏の慰労会に参加した。約40年にわたってチームを率いた野呂監督は、瓶ビールを片手に各テーブルを回り「話す人によって、いろいろなことを思い出すなあ」とさまざまなシーンを回想していた。

 神奈川で戦ったライバル校の監督は言った。「野呂監督はいつも変わらない。どのタイミングでサインを出して来るのか全く読めなかった」。確かに、野呂監督はベンチでは常に冷静に采配していた。相手ベンチにはそれが不気味だったのだろう。

 一度、どうしてカッとなったりしないのか、聞いたことがある。それまでは練習中も試合中も高校野球の監督が怒るシーンをよく見かけていたからだ。返ってきた答えは「だって、できないと思って接しているから」だった。高校生の技術はまだまだ未熟。3年間で少しずつできることが増えてくれればいい。そんな考えで指導していた。

 選手を温かく見守りながら、我慢強く練習に付き合った。できるようになるまで、時間を割いた。そして、多くの選手を大学、社会人、プロの世界に送り込んできた。教え子のパドレス・松井は、来年3月のWBCに出場する。

 野呂監督は時間が許せば、東京六大学に進んだ教え子のプレーを、神宮のスタンドから見守った。卒業生のことは、いつも気にかけていた。

 一時は200校を超える激戦区だった神奈川の高校野球界を引っ張ってきた野呂監督。慰労会の最後に、壇上でスピーチした。穏やかな表情だった。想像もできないほど重たいものを背負って生きてきたのだろう。(記者コラム・川島 毅洋)

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