王貞治球団会長「どうせ広島に来るなら泊まってくれ、と」張本さんの実家に泊まった思い出を明かす

[ 2026年9月10日 17:27 ]

<巨人リーグ優勝祝勝会>2年連続30回目(2リーグ制後は21回目)のセ・リーグ優勝を決め、祝勝会で張本勲外野手(右)からビールをグラスに注がれる王貞治内野手(撮影:1977年9月23日)
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 ソフトバンクの王貞治球団会長が10日、みずほペイペイドームで報道対応し、張本勲さんを悼んだ。

 ともに1940年生まれ。リーグの違う巨人と東映(現・日本ハム)でプレーしていたが「お互いにライバル視して、お互いに頑張ろうというのがあった」と振り返る。

 若かりし頃には意外な交流があったことも明かした。王会長が初の本塁打王に輝く4年目の1962年のオールスターでのこと。張本さんの実家に宿泊したという。

 「当時、広島でオールスターがあってね。その時に彼が“どうせ広島に来るなら泊まってくれ”ということで、泊めてもらったことがあるんだ。お母さんにご馳走にもなってね」

 その後、張本さんが巨人に移籍した1976~79年には、ともに長嶋茂雄監督のもとで“OH砲”を形成する。「首位打者7回、3000本を超える安打数は燦然(さんぜん)と輝いている。胸を張って天国へ行ってほしい」と故人に思いをはせていた。

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