信じられない…伏見さん 奇麗なフォームに端正なルックス “プリンス”がまさか

[ 2026年7月20日 05:30 ]

アテネ五輪で銀メダルを獲得した伏見俊昭さん(左、ロイター)

 【悼む】こんな原稿は書きたくない。伏見選手の原稿はG1初優勝を飾った岐阜オールスター競輪(01年)をはじめ何度も何度も書いてきた。しかし、まさか…。

 伏見選手を初めて取材したのは競輪学校(当時)を卒業してプロデビューした95年。75期生はアトランタ五輪(96年1キロTT)銅メダリストの十文字貴信氏(茨城=引退)、太田真一(埼玉)ら逸材がそろっていた。その中でも伏見選手はひと際光っていた。一番印象に残るのは奇麗な乗車フォーム。その後は素質と猛練習でスター街道を駆け上がり、端正なルックスも加わり“プリンス”と称された。

 00年は国内の競技大会で活躍しながらも、シドニー五輪の代表入りを逃した。その悔しさは4年後のアテネ五輪(チームスプリント銀メダル)で晴らした。その時の笑顔と雄叫びは記憶に残る。

 伏見選手と私は選手と競輪記者の関係ながら30年以上も話をしてきた。最近は競輪よりプライベートの話が多かった。伏見選手の子供と私の孫の年齢が近いこともあり、遊園地の話は定番だった。伏見選手は永遠のプリンス。まだ信じられない。 (競輪担当・中林 陵治)

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