本文へ移動

中128試合! 小松辰雄は開幕戦以来のシーズン最終戦先発に立候補した 渾身ストレートで圧巻2安打完封、82年竜V決めた

2026年5月12日 05時45分

このエントリーをはてなブックマークに追加

中日の優勝がかかるシーズン最終戦、大洋を相手に完封勝利を挙げた小松辰雄


◆中日球団創設90周年企画「V この男あり」第5回
 過去の中日ドラゴンズのリーグ優勝、日本一に貢献したレジェンドたちを取り上げる球団創設90周年企画『V この男あり』。今回は1982年の胴上げ投手、小松辰雄(67)を紹介する。「野武士軍団」の異名をとった男たちが、巨人に競り勝ち8年ぶりのリーグ優勝を決めた130試合目のシーズン最終戦。小松にとってはプロ5年目で初の大役を務めた開幕戦以来、実に“中128試合”となる先発マウンドだった。(文中敬称略)
◆0・5ゲーム差の130試合目
 「自分が先発だと思う者は手を挙げろ」
 10月18日の横浜スタジアムでの大洋戦。アップに備え外野に集まった投手陣に、投手コーチの権藤博が声を掛けた。小松一人が手を挙げ、これで決まり。権藤にしても、この男の“立候補”は計算ずくだったのだろう。
 マジック1で臨んだ17日の大洋戦を落とし、優勝の行方はこの日のシーズン最終戦にもつれ込んでいた。勝つか引き分けで中日の優勝。負ければ、すでに全日程を終えている巨人の優勝。泣いても笑っても、この1試合ですべてが決まる。
 だが10月に入り「明日なき戦い」を続けてきた中日は17日の試合で三沢淳、鈴木孝政を投入。この年の勝ち頭、都裕次郎も16日に先発し7イニング1/3を投げている。
 「みんなから『お前しかおらんだろ』と言われていたし、自分もそのつもりだった」。こう言う小松にしても11日の阪神戦で3イニング、15日のヤクルト戦でも3イニング1/3と、短い間隔でロングリリーフをこなしてきた。そして何より先発は4月4日、広島との開幕戦以来、実に197日ぶりとなる。
 5年目で初めて務めた開幕投手は、わずか2回で5失点KO。「花粉症で、ずっと体調が悪かったし、3日の開幕が雨で流れてスライド。調子も最悪だった」。そんな小松を、さらにアクシデントが襲ったのは、その2日後の練習中だ。
 「遠投をしてたらブチッという音がした。次に投げたら、もう立てない」。診断結果は「右股内転筋挫傷」。ようやくGOサインが出たときには、すでに4カ月がたっていた。復帰戦は8月4日の広島戦(広島)。開幕戦と同じ相手、同じ舞台で再スタートを切ると、右肘痛の牛島和彦に代わりクローザーを任され、首位争いのライバルである巨人戦は10戦中9試合に登板した。
◆9・28巨人戦に劇勝
 「状況が状況だし、さすがに足が震えた」と振り返るのは9月28日のナゴヤ球場での直接対決だ。首位・巨人とのゲーム差は2・5。もう、あとのない試合も4点のビハインドで9回裏最後の攻撃。だが、ここから打線が江川卓を攻め、4点を奪い追いついたのだ。
 小松がマウンドに上がったのは、その直後の10回の守り。1死二塁のピンチを無失点で切り抜けると、その裏、チームは大島康徳の中前打でサヨナラ勝ち。1・5ゲーム差の2位ながら残り試合が9試合多い中日にマジック12が点灯した。
 そして迎えた最終戦の先発。もう小松に、足の震えはなかった。「それより日本中が注目する試合。そう考えると気持ちが良かった」と笑う。さらに自分でも「落ち着いている」と感じたのが1回裏。先頭の山下大輔に二塁打されると、続く高木豊をあえて四球で歩かせた場面だ。
 「バントで送られて、外野フライでも内野ゴロでも先に点を取られるのが嫌だった。3番の基(満男)さんはバントはないから。するとブルペンが動き出した。それもよく見えていて『オレ、結構冷静だな』ってね」
 思惑通り基を左飛、田代富雄、ラムを連続三振。それ以降は大洋打線を1安打に抑え、スコアボードに「0」を並べ続けた。9回も田代を右飛に仕留め2死。優勝まで、あと1人となったところで捕手の中尾孝義がマウンドに歩み寄ってきた。
◆捕手・中尾孝義「三振取るぞ。終わったら…」
 リードは8点。この“女房”役も「最後まで気を抜くなよ」なんてやぼは言わない。「三振取るぞ。終わったら、オレのところにジャンプして来い!」。最後は渾身(こんしん)のストレート。ラムのバットが空を切ると、背番号34は中尾を目掛け駆け出していた。(館林誠)

小松と中尾が抱き合う1982年の優勝の瞬間のパネル

◇抱き合う若手バッテリー 前夜はまさかの!?~お宝発見~
 現役時代にもらったトロフィーやウイニングボールといった記念品は「知り合いにあげたり寄付したりして、ほとんど手元に置いていない」と言う小松。先日も「沢村賞」の金杯や、背番号20のユニホームなど約60点を生まれ故郷の石川県志賀町に寄贈したという記事が中日スポーツに掲載されていた。
 そんな小松の82年の思い出の品といえば、石川県の実家に残っている1枚の大きなパネル。中尾と抱き合った優勝の瞬間の写真を引き伸ばしてもらったものだ。実は、この最終戦の前夜(17日)、小松と中尾は就寝前まで麻雀卓を囲んでいたという。
 「17日がデーゲームで、終わってからが長い。かといって、外に出る気分にもならない。『麻雀でもやるか…』となってね」。当時、小松がプロ5年目の23歳。中尾が2年目の26歳。勝てば天国、負ければ地獄。そんな試合を翌日に控えながら麻雀で息抜きとは、この若いバッテリーの図太さには恐れ入る。

現役時代のユニホームやトロフィーなどを、出身地の志賀町に寄贈した小松辰雄さん=2026年4月27日

◆スピードガンの申し子
 ▼小松辰雄(こまつ・たつお)1959年5月10日生まれ、石川県出身の67歳。星稜高から中日入団。150キロの剛球で「スピードガンの申し子」と称される。通算122勝102敗50セーブ。85年に最多勝、最優秀防御率のタイトルを獲得し、沢村賞も受賞。引退後は中日で投手コーチを務めた。
おすすめ情報

購読試読のご案内

プロ野球はもとより、メジャーリーグ、サッカー、格闘技のほかF1をはじめとするモータースポーツ情報がとくに充実。
芸能情報や社会面ニュースにも定評あり。

中スポ
東京中日スポーツ 電子版