阪神・岩貞祐太、引退試合で万感4球 「意識変わった」18年の最下位…「初心」胸に現役全う

[ 2026年10月7日 07:00 ]

セ・リーグ   阪神2-1広島 ( 2026年10月6日    甲子園 )

<神・広(24)>現役ラストボールを投じる岩貞(撮影・北條 貴史)
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 最後まで阪神・岩貞は笑顔だった。赤ヘルの応援歌が響く7回、ラストマウンドへ。マスクをかぶった同期入団の梅野に「感謝の4球」を投げ込み、141キロ直球で末包を空振り三振。岩崎にバトンを渡し、甲子園に別れを告げた。勇姿を称える拍手が聖地に鳴り響いた。

 「自分が思い描いた選手にはなれなかったが、最後にみんなに“お疲れさま”と言ってもらえた。自分にも“お疲れさま”と言いたい」

 試合後はウイニングボールを受け取り3度、宙を舞った。「能見さんが阪神を退団する時にいただいたボールの横に飾ろうと思う」。恩師の背中を追い続けた男の宝物になった。

 13年の現役生活、最も悔しかったシーズンは18年だ。先発で7勝10敗と負け越し、チームも最下位。リーグ連覇を果たした今とは隔世の感も漂う。「自分が抑えた試合でも勝てない。順位が下がるにつれ、ファンが落胆していく」。5年目で初めて“負のスパイラル”に身を置き、意識がはっきりと変わった。

 「そこから、チームを意識して戦うようになった。それまでは“1軍にしがみつきたい”と思っていたけど、“これは良くない、ダメだ”と思い始めた」

 当時27歳。「優勝」という二文字を確かな目標に据え、虎をけん引する誓いを立てた。

 20年以降は先発から中継ぎに立場を変え、22年オフには国内FA権を行使せずに3年契約で残留。2試合登板に終わった24年から立ち直り、昨季も29試合に投げた。だが今季はわずか1試合――。「配球だけで勝負できていた」というファームですら失点を重ねた。

 「“これでも打たれるのか”というのは結構あった。ここまで抑えられなかったのはかなりショックだった」

 9月26日に下した決断。山あり谷ありの13年に、後悔はない。

 「もう“競争に勝てないな”と思えるボールだった。やりきれた。最後にストレートを投げて良かった」

 猛虎人生を一言で表すと「初心」だ。「(初心は)自分の原点。朝起きて球場に向かうとき“しんどいな”と思っても、野球だけは前向きにやってきた」。新たなステージでも、初心を忘れずに全力投球する。それがどんなマウンドにも喜び勇んで立ってきた、岩貞祐太の流儀だから――。(八木 勇磨)

 ◇岩貞 祐太(いわさだ・ゆうた)1991年(平3)9月5日生まれ、熊本県出身の35歳。必由館(熊本)から横浜商大を経て13年ドラフト1位で阪神入団。3年目の16年に先発で初の10勝。同年9月は4戦4勝で月間MVP。20年途中から救援に転向。23年は50試合でチーム最多の24ホールドをマークし、リーグ優勝に貢献。1メートル83、86キロ、左投げ左打ち。

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