【奥野史子 我が道28】なんて素敵な引退の風景 夫・朝原のラストレースで子供たちともらい泣き

[ 2026年9月29日 07:00 ]

夫・朝原のラストランを目に焼き付けました
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 北京から帰国して1カ月後の9月23日、川崎市の等々力競技場でセイコースーパー陸上が行われ、それが夫の朝原にとっては引退レースとなりました。

 北京で一緒に銅メダルを手にした仲間の3人と最後の100メートルを走り切り、2万人を超えるファンから総立ちの歓声と拍手で祝福を受けました。今までいろいろなスポーツを見てきましたが、あんなに素敵な引退の風景は見たことがありません。本当にみんなに支えられてここまで頑張れたんだな。本当にありがたいな。仲間の手で彼が胴上げされるのを見ながら、私も子供たちと一緒にもらい泣きしました。

 彼の残した功績を改めて振り返ってみると、いろいろな意味で陸上界の常識を覆した人だったんだなと思います。ドイツ、米国とあんなに長期間にわたって海外で生活し、短距離種目で初めて30代半ばまで競技を続け、初めて五輪のメダルも獲った。しかも当時だけじゃなく、今もいろいろな形で陸上界に貢献している。そんな彼の姿を間近で見られ、少しでも関われたのは本当に幸せでした。

 日本のアスリートはコーチに管理されてやっている選手が大多数の中で、ずっと専任コーチを付けず、独学であそこまで行った人はたぶん他にはいないでしょう。今求められている選手像はまさにそれなんです。自分で考える力、探究心を持ち、自分で自分をきちんとコントロールできる。そんな自立した選手を育成することが、指導する側にも求められている。彼の取り組みは凄く先進的だったんだなと改めて感じますね。

 同じ頃、私は地元京都市からの依頼で教育委員会の委員に就任。ちょうど子育てで忙しい頃で、母親、保護者の観点から4期16年にわたっていろいろとアドバイスさせていただきました。もちろん、私たちの時代の常識が今の子供たちには通用しないということはよく分かっています。最近は「根性」という言葉も全く耳にしなくなりました。でも私は今でも、人間最後はやっぱり「根性」だと思っています。だから自分の子供には簡単に諦めるなとずっと言い続けてきましたし、世の中の子供たちにも言い続けていきたいです。

 私と主人が2人ともメダリストなので、子供たちはプレッシャーを受けて大変だと思います。どうしても比較されてしまいますからね。これはもう仕方のないことだし、宿命として自分なりに頑張って乗り越えていくしかない。

 今競技スポーツをやっているのは中学生の次女で、私と同じアーティスティックスイミングの選手です。お母さんのことを言われるのが嫌だった時期もあったようですが、今はあまり気にしなくなったようです。娘には自分で考えて行動できる人間になってほしい。親としては心と体が健康であってくれればそれで十分です。

 ◇奥野 史子(おくの・ふみこ)1972年(昭47)4月14日生まれ、京都市出身の54歳。6歳から「京都踏水会」でシンクロを始め、同志社大2年の時に出場した92年バルセロナ五輪のソロとデュエットでともに銅メダルを獲得。94年世界選手権では「笑わないシンクロ」で史上初の芸術点オール10点満点を記録した。引退後は日本人で初めてシルク・ドゥ・ソレイユに出演。02年に陸上の朝原宣治と結婚した。

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