萩本欽一 「仕事の仕方が芸能人の中で別格」と一目置いていた大物明かす「数字を一番上げた」

[ 2026年10月24日 14:29 ]

萩本欽一
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 コメディアンの萩本欽一(85)が24日放送のニッポン放送「ゴッドアフタヌーン アッコのいいかげんに1000回」(土曜前11・00)にゲスト出演。「仕事の仕方が芸能人の中で別格」と大物を絶賛した。

 1971年公開の映画「喜劇・花嫁戦争」やテレビ朝日系バラエティー「たみちゃん」(84年)など、数々の番組などで共演してきたパーソナリティーの和田アキ子と萩本。「たみちゃん」では萩本のプロデュースで、エンディングテーマ「君が野に咲くバラなら」も担当した。

 和田がその楽曲が全然売れなかったことについて愚痴をこぼす中、萩本は「アッコちゃんで言うと、やっぱり仕事の仕方が芸能人の中で別格」と和田を絶賛。「『欽ドン』の数字を一番上げたのがアッコちゃんだからね」と感謝すると、アシスタントの垣花正アナウンサーも「へえー。初めて聞いた」と意外な事実に目を丸くした。

 萩本は「まつげを落としてまで。まつげが落ちそうになったら、恥ずかしいから、普通だったらパッと取る。自分で笑いこけて、“欽ちゃん、まつげが落ちかけてるよ”って。テレビって早いのよ、すぐオチに(いく)。“長いことオチを出さないって、スゲえな”と思って。“落ちちゃうよ”って言って最後まで取らないでそのままやるから。お客さんがそれ見て“アッコが出ている”ってもうそれだけでおかしいんだもん」と振り返った。

 「誰がそれします?まつげが取れたら“あ、取れちゃった、ごめんなさいね”ってパッと取るのに、つけたまま。半分ついてんのよ。すぐオチにいくんじゃなくて、延々ね」と感心すると、和田は「オチは決めてないですよ、自分。やらなきゃいけないと思って、そのまんまで」と苦笑した。

 「つまりつまんないことに気を遣わないで舞台に夢中」と萩本。「もう1つ、感心したのは、いよいよ番組ができたって(時には)“アッコちゃんお願いします”って必ず(キャスティングに)入れるのよ。それで“どうやるんですか?”なんて言うから、“お好きにどうぞ”って。やって帰ると“なるほど、できた”って叫ぶの」と振り返った。

 すると、和田が「私、凄い覚えているんですけど、『たみちゃん』の時もそうでしたけど、テレビ局のリハーサルに行くと小堺(一樹)くんとか関根(勤)とか、物凄い練習しているのに、欽ちゃんはいつも私に“アッコちゃんやらなくていい”って、私はリハーサルがなかったんですよ。全部アドリブで、生で。あれはなんでなんですか?」と投げかけた。

 萩本は「ないですよ。だから自分で考えるから。アッコは自分で考えるの」と説明。和田が「結構大変でしたよ」ともらすと、萩本は「だからそれが好きだったの!」と返し、笑わせた。

 和田が「私はみんなと一緒に練習したかった」と嘆くと、「上手くなるために練習しているんじゃないですもん。みんなそう思ってんでしょ?そうじゃないです」と萩本。「“ここのところ、後でツッコミ入れよう”って、みんなが変えるところ、ツッコミどころを探して本番やってんの。ですから失敗してもいいから何度でもやって、2度やって3度やってもまだ直らないようだと“おいしいな”と思いながら本番」と笑った。

 そんな中、とある番組の収録後、楽屋に帰ると和田からの手紙が置いてあったことがあったといい、「いきなり“欽ちゃんごめんね”って。“今日上手くいかなかった”って。でも“悔しいんだ。もう一回呼んでね。必ずやるから”って。俺ね、やっぱりアッコしかいねえよ、今日上手くいかなかったって手紙を書いて、こんなかわいらしい(手紙を残す人)。それで“よし!”って全部変えて、それで新しくして出来上がって、“アッコちゃん呼べる”って(呼んで)。そしたら気持ちよくやって帰ってくれた。あの時に、“あ、大丈夫。これも30(%)行く”っていうのを(確信した)」と明かした。

 それほど、和田のことを信頼していたといい、「タレントさんで言うとそういうことで来てくれるとありがたい人って数少ない」と感謝した。

 和田について「やっぱり情熱家。他人の番組だろうと何だろうと、自分が納得いくまでやって帰る。やれないものまで無理してやらないっていう(番組バロメーターになった)」と話した。

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