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【実録 竜戦士たちの10・8】(142)監督問題に決着つかないまま竜は阪神に大勝 Gは逆転負け いよいよ日本プロ野球史上初の同率最終戦直接対決へ

2025年9月26日 22時09分

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1994年10月7日付の中日スポーツ1面


◇長期連載【第4章 決戦までの100日間】
「NHK名古屋放送センターで星野仙一氏が会見を行います」。こんな一報がマスコミ各社に届いたのは1994年10月6日のことだった。マイクの前に座った星野は9月上旬に中日球団から監督就任の打診を受けたことを認めた上で、「私が監督を引き受けることはない」と要請を固辞する意向を明らかにした。
 「チームはこれだけいい戦いをしている。選手もここまで頑張ってきた。優勝しようがしまいが、来季も高木(守道)監督がやるべき。誰が良いとか悪いじゃない。誰も考えないことが起きた。こんな戦いは何十年に一度。大事な戦いをやっているのに、そういう話(監督問題)はやめよう」。新聞などをにぎわしている自身の監督就任問題に、星野自らピリオドを打った格好だ。
 実はこの日、星野はナゴヤ球場での中日―阪神戦のラジオ解説の仕事が入っており、球場での混乱とチームの動揺を考えての緊急会見だった。しかし、高木としても“分かりました”とはいかない。「私の言ってきたことは一貫している。優勝するしないにかかわらず気持ちに変わりはない」と、改めて辞意の固さを強調した。
 いまだ監督問題に決着がつかないままで迎える残り2試合。グラウンド外のけん騒をよそに、中日は4回に仁村徹が3ランを放つと、中村武志も2ランで続き一挙5点。5回以降も攻撃の手を緩めず10点を奪い、阪神に大勝した。
 そして、ナゴヤ球場に地鳴りのような歓声が湧き起こったのは中日の7回の攻撃が終わった直後だった。神宮でヤクルトが巨人を逆転。6イニングで112球の斎藤雅樹から継投策に出た長嶋茂雄監督だったが、それが裏目となった。3番手の槙原寛己が秦真司に逆転3ランを浴びたのだ。その一報はラジオを聞きながら観戦していた観客から、たちまちスタンド全体に伝わった。
 「槙原はシビれたかな。腕が振れてなかったな…。でも、しようがない」。こう言うと、長嶋が吹っ切れたような表情で「泣いても笑っても、あと一つ。大一番ですよ。そういう試合ができる選手は幸せ。さあ、大勝負です」と語気を強めた。
 「強い。強いよ、みんな。神宮の負けが尾を引いていないか、何となく嫌だったんだけどね。ヤクルトもやってくれたな」と選手をねぎらった高木も「もう選手に言うことは何もない。最高の舞台ができたんだから」と会見を締めた。
 中日、巨人ともに69勝60敗の勝率5割3分5厘。再び129試合目でピタリと並び、日本プロ野球史上初の同率最終戦直接対決を迎えることになった。 =敬称略

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