石毛宏典氏 「この下手くそが!」最悪の初対面から尊敬する恩師へ…広岡達朗&森祇晶を語った

[ 2026年9月22日 21:56 ]

石毛宏典氏
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 西武黄金期のチームリーダーで、元オリックス監督の石毛宏典氏(70)が21日に放送されたBS10の野球トークバラエティー「ダグアウト!!!」(月曜後9・00)にゲスト出演し、チームを指導して常勝軍団に育て上げた広岡達朗氏(94)、森祇晶氏(89)の元西武監督2人について語った。

 「名将 広岡&森」というトークテーマが書かれたカードを自ら引き当て「出たっ!!!」と思わずうれしそうな声を上げた石毛氏。

 1982年から1985年まで西武監督を務めた広岡氏は4年間で優勝、優勝、3位、優勝という成績で、広岡氏のもとでコーチを務めて1986年から監督を引き継いだ森氏は9年間で優勝、優勝、優勝、3位、優勝、優勝、優勝、優勝、優勝という成績を誇る球史に残る名将だ。

 1980年ドラフト1位入団で、プロ1年目の1981年にパ・リーグ新人王に輝いた石毛氏。広岡監督&森コーチがやってきたのはプロ2年目の1982年だった。

 自主トレ初日の1月15日ごろ、姿を見せた広岡新監督に「石毛です。よろしくお願いします」とあいさつに行くと、「お前が石毛か。今ちょっと見てたけど、ようそんなんで新人王とれたな、この下手くそが!」と返ってきたという。

 「何このオヤジ!と思いましたよ。広岡達朗?(幼少期に)野球あんまり好きじゃなかったから、野球なんて見ないですよ。誰?あんた!みたいな。僕はへそ曲げてプイッと横向いたんですよ。(内心)うるせーな!って。広岡さんも僕の気持ちが分かるから、広岡さんは僕のこと相手しなくなったし、僕も相手にしないわけですよ。自主トレ(期間)だから別にいいんですよ。そしたら、4、5日たったら僕以外の内野陣を指導していて、ライバルが、行沢(久隆)さんとかがね、うまくなってるように見えるわけですよ」

 当時は自主トレ期間中も首脳陣が選手を指導していた時期。巨人で名手として知られた広岡氏の直接指導で内野陣がみるみるうちにうまくなっているのを感じて焦る。

 そして、「くそっ!」と思いつつ「監督!俺にも教えてください!」と言って頭を下げると、「おう、よく気がついたな。入れ」と言って練習に入れてくれたという。

 それでも「お前なんかノックなんて10年早いわ」と言われ、じゅうたんの上で広岡監督が手で転がしたゴロを捕る基礎練習の日々が続く。

 「それがキャンプ行っても、オープン戦行っても、レギュラーシーズン入っても続くわけですよ。人間は精進すればうまくなるんだっていうものからきてますから。下手な者、未熟者は練習するしかないっていう感覚なんですよ。きれいに実を結ぶための身のこなしを伝えてくるわけですよね」

 また、広岡&森体制では「必勝法・必敗法」というテキストが選手たちに配られた。

 「第一条。選手は常にベストコンディションを保て。石毛、説明しろ」。そう言われて最初は「この通りです!」と答え「バカヤロー!例を出して話せ」とお目玉を食らったが、3年目になるとテキストが手元になくても全て応えられるほど選手たちは暗記していたという。

 「僕はこれが教育だなと思っているんですよ」と最初は反発した広岡監督に感謝する石毛氏。

 「知らないことをちゃんと知らしめてくれる。頭、筋肉、血液までその知識が流れ込んでいく。そうすると、野球のゲームって3時間ありますけど、ボールが動いているのは30分しかないわけですよ。プレーは一瞬ですよ。その一瞬の時に判断ミスするとエラー、ミスになるわけですよ。それが致命的になってチームは勝てなくなるんですよ。血にしみこんでいけば筋肉は動いてくれるわけですよ。ミスがないわけですよ。そこまでの教育をしてくれたんですよ、2人は」と感謝した。

 「人集めは根本陸夫がやりました。人の教育は広岡さんがやられて。人使い、マネジメントは森さんがやられたっていう。これは4、50年たってますけど、そういった組織づくり、チームづくりはどこ行ってもどの時代においても俺、変わらないんじゃねーかなと思ってますけどね」と最後まで熱く語っていた。

 

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