【中日1位特別連載】母への電話に涙、言えなかった「もう辞める」宮原廉が近大で人知れず直面した挫折

[ 2026年10月30日 07:00 ]

少年野球時代の宮原(本人提供)
Photo By 提供写真

 今秋ドラフト会議で近大の宮原廉投手(4年)が中日から1位指名を受けた。そこでスポーツニッポンでは、1位指名までの足跡をたどる特別連載を2回に分けて掲載する。前編では大学時代に人知れず直面していた挫折に迫る。(アマチュア野球担当・河合 洋介)

 大学2年秋、母・芳美さん(54)にかけた電話の声が涙で震えた。「なんでメンバーから外されたのか分からんくて…」。1年秋にリーグ戦初登板を果たすなど周囲に期待されて迎えた2年春、突然、登板機会が減少した。調子が悪くないのに出番が回ってこない。春の登板2試合に終わった悔しさを糧に夏場に結果を残しても、秋季リーグの開幕戦もベンチ外を告げられた。

 これまで両親の前で涙を流したなどなかった。それでも広島にいる母の声を聞くと、感情があふれた。驚いた母は「大学を辞めると言ったら、その通りにしてあげよう」と腹をくくる。その予感通り、心の中では「もう辞めよう」と思っていた。しかし、そう簡単には口に出せなかった。

 高校まで広島で過ごし、大学から大阪にやって来た。入寮後、心配する母から「辞めたくなったら帰ってきて良いよ」と冗談めかして言われ、「そんなこと、これっぽっちも思ってない!」と怒ったこともある。その覚悟を誰よりも知る母から、電話越しに伝えられた。「準備だけはしておこうね」。これまでも結果が残らない時は、母がいつも「次のチャンスで結果を出せるように準備しておこう」と励ましてくれた。

 「とにかく練習するしかない」。そう決意し、毎朝6時に起床して朝練を始めるようになった。指導者から「股関節が硬い」などと指摘されたことを思い返しながら、課題克服に励んだ。朝練をしていることは誰にも伝えず、一人で黙々と体を動かす日々。それでも、連日練習場に向かう姿が敷地の監視カメラに映っていた。そして、その努力は指導者も知るところになった。

 そうして与えられた2年秋の初登板を3回無失点に抑えると、投手コーチから「“先発やらせてください”って監督に言いに行け」とこっそり助言された。次戦となる秋最終戦の先発が未定だったのだ。勇気を出して光元一洋監督の元へ向かい、口を突いた言葉は「第2先発、やらせてください」。「え?先発じゃなくてええんか?」。遠慮がちな志願によって先発登板を与えられると6回途中無失点の好投。この登板が3年春からの先発抜てきへとつながり、1位指名への道が開けた。

 「“もう干されたんかな…”と思った。だけど、あの時期を耐えられたからこそ今がある」。3年春に潜在能力が開花してブレーク。その裏側には仲間にも悩みを打ち明けず、人知れず流した涙があった。

(後編に続く)

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