ヤクルト・石川引退 青学大前監督・河原井氏「体の小さな野球少年に勇気を与えた」

[ 2026年9月3日 05:27 ]

ヤクルト・石川雅規 引退会見

99年、石川(右から2人目)に声をかける青学大・河原井監督(左)

 石川、本当にご苦労さん。46歳までよく投げた。(最終登板の)巨人戦は涙が出てきた。でもあれで吹っ切れたはず。肉体的にも精神的にもやり切れたかな。

 秋田商2年の時。当時の小野監督から「青学に進学を」と頼まれたけど、「あの球威じゃ無理」と即答した。それでもと粘られたから「甲子園に出られたら考えます」と逃げた。秋田商は当時16年も出場から遠ざかっていたので大丈夫と安心していたら、翌年夏甲子園へ。それで入学して野球部入りしたけど、期待していないから1年時は全く覚えていない。ただ2年春、スクリューボールを覚えると慶大とのオープン戦で三振を次々と奪った。亜大とのリーグ開幕戦先発に抜てき。観客は石川の体格を見て「ひでえな」と嘲笑したが、勝利投手になった。そこからポンポンと勝ちだした。食が細かったので晩飯もよく一緒に食べた。自分の子供みたいな感じだな。

 135キロにも満たない直球であれだけ勝てたんだから、体の小さな野球少年にも勇気を与えたと思う。チームの若手にも人望があって慕われていると聞いていた。今年も気温40度近い2軍練習場の戸田で、先頭で朝から走って投げて。それも終わりだな。(河原井正雄・青学大野球部前監督)

 ▼秋田商・太田直(すなお)監督(石川と高校・大学でバッテリー)昔から制球が良く四球は出さない。困ったら直球より変化球。カーブやスライダーを投げさせれば、打者は打ちにくいはず、と配球を考えていました。ずっと組んできたから思い出は尽きません。引退決断について、僕の気持ちは半々です。心の底から“お疲れさま”と思いますけど、できればもう一度登板してもらいたかった。あのまま打たれっ放しで終わってほしくなかったという気持ちです。

続きを表示

この記事のフォト

「大谷翔平」特集記事

「始球式」特集記事

野球の2026年9月3日のニュース

タグ内の最下位に記述をオススメします ここから-->