巨人ライデル・マルティネス 涙の通算250S!外国人投手&育成出身初の名球会

[ 2026年9月11日 05:30 ]

セ・リーグ   巨人5―3中日 ( 2026年9月10日    東京D )

<巨・中>9回、岡林を二ゴロに打ち取り通算250セーブを達成し大城と抱き合うマルティネス(撮影・会津 智海)
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 巨人のライデル・マルティネス投手(29)が10日の中日戦(東京ドーム)で史上6人目、外国人投手、育成出身では初で名球会入り条件を満たす通算250セーブを達成した。5―3の9回を3人で締め、今季38セーブ目で大台に到達。史上最速&最年少で異国で打ち立てた金字塔にお立ち台で涙ぐんだ。守護神が締めくくった白星で試合中止だった首位・阪神と1・5ゲーム差に肉薄した。

 9回を締めたお立ち台で古巣への思いを問われた。マルティネスの脳裏に育成入団した中日での日々がフラッシュバックし、目を赤くした。育ててくれた全ての人へ、感謝を込めた偉業達成だ。

 「ドラゴンズ相手に達成はしたくなかったけど、本当に感謝しているし、うれしい。ドラゴンズやジャイアンツの皆さんのおかげで達成できました」

 味方が2点勝ち越した直後の9回。わずか5球、全て内野ゴロで打者3人を料理し、いつものように試合を締めくくった。

 8歳で野球を始めたキューバの少年が、異国の球史に名を刻んだ。最初は三塁手として歩み出した。「(地区の)代表に行くには投手の方が可能性が高かった」と13歳で投手への転向を決断。後に外国人初で史上6人目、歴代最速411試合目で250セーブを積み上げるクローザーが誕生した瞬間だった。

 20歳で来日するまで、飛行機は一度も乗ったことがなく「乗るのが怖かった」。家族とも離れ離れの単身生活で、最も苦労したのは食事。「見た目でなかなか食べられなかった」と食事会場に並ぶうどんやそばには、手が付けられなかった。

 言葉はもちろん、文化も全く違う。来日1年目はホームシックで「もう耐えられない」と帰国したくなったのは1度や2度ではない。支えになったのが家族だった。先日、母国にいる兄・レイニエルさんがバイクの転倒事故でケガをしたばかりで「記録を達成して励みになると思うので、自分の大切な家族や彼(兄)にも伝えたい」と感慨を込めた。

 登板前には、小さなメモに書いた各打者の特徴を確認する。対戦する可能性の低い打者でさえも顔と名前を覚えている。入念すぎるほどの準備が現代最強クローザーの礎だ。阪神と1・5ゲーム差に接近。次なる目標は「ファンが望む優勝」。家族と呼ぶチームメートとともに、セ・リーグの頂を目指す。(田中 健人)

 ◇ライデル・マルティネス 1996年10月11日生まれ、キューバ出身の29歳。キューバ国内リーグを経て、17年開幕前に育成選手として中日に入団し、18年4月に支配下選手登録。同年5月6日阪神戦に初登板初先発。19年以降は主にセットアッパーと守護神を務め、22、24年に最多セーブ。25年から巨人に移籍し、46セーブで2年連続最多セーブに輝いた。17、23、26年WBCキューバ代表。1メートル93、93キロ。右投げ左打ち。

 【ライデルの記録】

 ☆助っ人初の快挙 マルティネス(巨)が10日の中日戦で今季38セーブ目を挙げ通算250セーブを達成した。プロ野球6人目で外国人初、育成入団選手としても初となった。初セーブは中日時代の19年6月11日のオリックス戦。

 ☆最年少&最速 29歳10カ月、通算411試合目での250S到達は03年高津(ヤ)の34歳8カ月を下回る最年少で、05年佐々木(横浜)の435試合を抜く最速。実働9年目も佐々木と10年岩瀬(中)の12年目を3年も更新する最少年数だ。

 ☆4年連続の節目 100Sは23年、150Sは24年、200Sは昨年突破し今季は250S到達。100S以降50Sごとの区切りを4年連続でクリアしたのはマルティネスが初めて。

 ☆絶対的ストッパー ここまでの通算防御率は1.59で、わずか23敗。250S到達時としては岩瀬の2.07、32敗をともに抜く6人中トップと安定感は際立っている。

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