中日 井上一樹監督が今季限りで辞任 チーム低迷「けじめとして」自ら申し出 後任は「早めに」と球団社長

[ 2026年9月30日 05:05 ]

辞任を表明した井上監督
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 中日の井上一樹監督(55)が29日、成績不振の責任を取り、今季限りで辞任することを明らかにした。バンテリンドームで行われた練習後に表明した。球団創設90年の節目だった今季は15年連続で優勝を逃し、6年連続Bクラスと低迷。ここまで59勝80敗2分けでリーグ最下位で、「けじめとして、自分が責任を取るべきという決断に至った」と説明した。

 屈辱を晴らしたかった。球団創設90年の節目を飾るため、長期低迷からの逆襲を期したシーズンだった。2試合を残し、すでに15年連続V逸と6年連続Bクラスが確定。井上監督は自ら切り出した。

 「けじめとして、自分が責任を取るべきという決断に至った」

 成績不振の責任を背負い込み、この日までに球団側に辞任を申し入れ、了承された。今季最終戦となる10月3日のヤクルト戦(神宮)まで指揮を執る。

 11年以来15年ぶりのリーグ優勝を目指した就任2年目は、不名誉記録にまみれた。阪神戦は球団初の開幕6連敗。2リーグ制以降では球団ワーストを更新する40度の逆転負け。シーズン4度の1安打以下の零敗は1リーグ・名古屋時代の1941年に5度記録して以来85年ぶりだった。

 故障者続出が春先の失速を招いた。得点力不足解消の起爆剤として獲得したサノーをはじめ、岡林、上林が負傷。投手では守護神・松山、セットアッパー・清水の不在が影響し救援陣が崩壊した。4月中旬に日本ハムから杉浦を金銭トレードで獲得したが、悪循環を断ち切れなかった。

 「もちろんヤジも、物凄く聞こえるよ。応援してくれるファンの方に常々、申し訳ないと思っていた。それでも、責任感を持ってやらないといけないんだと思う」。睡眠トラブルや食欲不振など体調不良を押して戦い続けた2年間だった。

 加藤宏幸球団社長は、井上監督から退任の申し出があったと明かし「分かりました、と。“(24年の)2軍監督時代を含めて3年間お疲れさまでした。ありがとうございました”と伝えた」と話した。後任について「これから本格的な人選を行う。早めに決めたい」とした。

 チームにはびこる暗い雰囲気を払拭するモチベーターとしての役割を期待された井上監督だが、志半ばで去ることになった。

 ◇井上 一樹(いのうえ・かずき)1971年(昭46)7月25日生まれ、鹿児島県出身の55歳。鹿児島商では2年夏に甲子園出場。89年ドラフト2位で投手として中日入団。通算9試合で0勝1敗の後、94年に外野手転向。99年に初めて規定打席に到達しリーグ優勝に貢献。09年現役引退。10~13年は中日で打撃コーチ、2軍監督を歴任。20~22年は阪神で1軍ヘッドコーチなどを務め、24年に中日2軍監督復帰。25年から1軍監督。左投げ左打ち。

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